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最高裁判所第三小法廷 昭和33年(オ)311号 判決 1963年10月29日

上告人(附帯被上告人) 富士重工業株式会社

被上告人(附帯上告人) 国 外一名

訴訟代理人 青木義人 外四名

主文

本件上告を棄却する。

本件附帯上告を却下する。

上告費用は上告人の、附帯上告費用は附帯上告人の、

各負担とする。

理由

上告代理人弁護士岩田宙造、同青木一男、同福井盛太、同公荘惟和、同山根篤、同加嶋五郎の上告理由は別紙のとおりである。

第一上告理由の総論について。

おもうに、税法の見地においては、課税の原因となつた行為が、厳密な法令の解釈適用の見地から、客観的評価において不適法・無効とされるかどうかは問題でなく、税法の見地からは、課税の原因となつた行為が関係当事者の間で有効のものとして取り扱われ、これにより、現実に課税の要件事実がみたされていると認められる場合であるかぎり、右行為が有効であることを前提として租税を賦課徴収することは何等妨げられないものと解すべきである。たとえば、所得税法についていえば、売買による所得が問題となる場合、右売買が民商法の厳密な解釈・適用上無効とされ、或いは物価統制令の見地から不適法とされる場合でも、当事者間で有効として取り扱われ、代金が授受され、現実に所得が生じていると認められるかぎり、右売買が有効であることを前提として所得税を賦課することは何等違法ではない。本件では、原審の認定によれば、昭和二〇年四月一日上告人会社(当時中島飛行機株式会社)の事業を国営に移管して第一軍需工廠を設立するに当つて、工場所属の原材料、仕掛品等の資材(以下単に資材という。)を売買により、代金一六億五千五百十万千八百六十一円十九銭にて国に買収し(この代金債権は戦時補償請求権となる。)、終戦後、軍需工廠の廃止に伴い、右資材を代金四億二千二十三万八千五百三十円一二銭で上告人会社(商号を富士産業と変更)に払い下げ(売却し)、上告人会社は、戦時補償特別措置法の施行前に、前記資材の買収代金一六億円余から、すでに支払を受けていた金額及び右払下代金額を差し引いて残金を国に請求することにより、右払下代金額の限度において相殺し、もつて「この法律施行前に戦時補償請求権について決済を受けた」というのである(同法二条)が、前後二回にわたる資材の売買と相殺とが仮に民・商法の厳密な解釈適用上無効とされ、或いは国の側における代表資格の疑義、会計法令違背の見地から不適法無効とされ、或いは制限会社令の厳密な解釈上これに違背し無効とされるべき場合でも、本件課税処分(国税局長の審査決定)当時において当事者間で有効のものとして取り扱われ、現実に相殺による決済を生じていたと認められるかぎり、戦時補償特別措置法二条の要件はみたされたものと解して何等妨げがないわけである。もつとも、国を代表して売買契約締結の掌に当つた者の代表権限に疑義があること、右売買や相殺が国の官吏の行為とみるには余りに会計法令の違背が甚しいということ、これを有効とみれば制限会社令違背の問題がおこるということ等の事情は、当事者間において有効とされる売買や相殺が存在しなかつたことを認めしめる一つ資料となり得ることは否定し得ないところであるが、この点の認定については、原審(その引用する一審、以下同じ。)認定の終戦前後の緊迫した事情の下で一大企業をその機能を停止することなく現状有姿のまま急速に国営に移管し、次いで終戦後再び急きよ原状に復帰せしめるという手続を、かような事態をまかなうに適する法令が完備されていないという情況の下で実施せざるを得なかつたという特殊の事情を十分考慮に容れるべきものであつて、かような特殊事情の下で、右売買と相殺とが-法令の厳密な解釈適用上不適法・無効とされるかどうかにかかわらず-本件課税処分当時、当事者間に有効なものとして存在していたと認められるかどうかということが、本件の結局の問題である。原審の認定のうちには、右述の意味において、当事者間で有効とされる売買と相殺とが審査決定当時存在していたとの趣旨を含むものと解され、これらの行為の効力乃至適法性につき法令の厳密な解釈適用上疑義があるとしても、このことは、原審認定のような特殊の事情の下では、当事者間に売買と相殺とが有効なものとして存在していたと認めることの妨げとならないと解せられ、所論の大部分は、ひつきよう、売買と相殺とが当事者間に有効のものとして存在していたとする原審の事実認定を攻撃するに帰するものと認められる。

なお、総論末段に資材は終始被上告人の所有にとどまつていたと同視すべきであるから、戦時補償特別税を課することは立法趣旨に反する旨を述べているが原審の引用する一審判決の認定によれば、国営移管時と工廠廃止時とでは、相当に資材の入れ替えがあり、前後同一性があるとは認められないというのであるから、右所論は、原審の認めない事実を前提とするもので、その採り得ないことはいうまでもない。また、原審と反対の見解をとる大阪地裁の判決(行政事件裁判例集二巻八号一一七九頁)が確定していることは事実であるが、そのために、原審が右判決と解釈を同じくしなければならない理由はない。さらに、戦時補償特別措置法が動産と不動産との間で取扱を異にしても、それは、動産については同一性が保障しがたいという特殊性に基く立法政策的考慮によるものであつて、その結果、動産と不動産との間に不均衡を生ずることがあつても、それは、法律事体の予想するところであつて、かかる事情もまた、本件の結論を左右するに足りるものでないこともいうまでもない。

第二上告理由の各論について。

論旨第一点について。

審査請求を受けた国税局長は、覆審的に新たに課税決定をなし得るもの(従つて増額決定をもなし得るもの)と解すべきことは、別件、昭和三三年(オ)第三一二号事件の判決で説明するとおりである。違憲論を含む所論は、すべて、右に反する独自の見解を前提とするもので採り得ない。

論旨第二点について。

原審の引用する一審判決によれば、被上告人国は、中島飛行機株式会社の事業を国営に移管しようとするに当り、問題の資材を合意による有償契約の方式により取得する意思を有し、昭和二〇年三月中に主として第一軍需工廠設立準備委員会の会合の機会等を通じて、軍需省契約担当官航空兵器総局第四局長を代理する同局主計課長から、上告人に対しその意思を表明し、上告人は、これに応じ、同年四月一日に現実に右資材の所有権等を上告人に譲渡することによつて、売買を即時に完結し、その代金については、その額の算定方法を帳簿価格による旨のかねての合意に基き、後に算出して、同年七月頃、契約担当官たる第四局長と上告人会社の社長との間において、具体的に前記十六億円余の金額に確認決定したというのである。原審挙示の証拠とこれにより原審の認めた事実とを総合して原審が右の如く認定したことは相当である。この認定によれば、契約担当の掌に当つた者、契約日時、契約内容、契約交渉の経過等は、右売買契約が当事者間に有効のものとして成立していたものと認めるに必要な限度においてすべて明らかである。右売買契約を黙示のものとみるか明示のものとみるかは微妙なところであるが、仮に黙示の契約と解すべきものであるとしても、また契約交渉の掌に当つた主計課長の代理権限に疑義があるとしても、そのことは、原審挙示の証拠とこれにより認定された事実とに基き右の如き経過で当事者間に売買が有効のものとして成立したと認定することの妨げとなるものではないから、原審が黙示の契約であることを前提とする上告人の主張を排斥したことは結局正当であり、所論は、ひつきよう、原審の右認定を攻撃するに帰し、すべて採用のかぎりでない。

論旨第三点について。

税法の見地においては、売買契約が当事者間に有効のものとして成立していた事実を認定すれば十分であることは前述のとおりである。原審認定のような終戦直前の特殊緊迫した事情の下で、契約交渉の掌に当つた主計課長の権限に疑義があるにせよ、原審認定のような経緯により当事者間に売買が有効なものとして成立していたと認めるに十分であつて、主計課長の官制上の権限がいかに解されるかにより右認定が左右されるものではないから、右権限につき原審が審理判断しなかつたからといつて審理不尽の違法があるといい得るものではない。それ故、所論はすべて採り得ない。

論旨第四点について。

資材の買収契約が国の側における会計法令違背の見地から違法とされるかどうかにかかわらず、原審認定の事情の下で、右売買契約が当事者間に有効のものとして成立していたとする原審の認定は動かし難いものであり、所論は、ひつきよう、原審の右認定を攻撃するに帰し、採用のかぎりでない。

論旨第五点について。

原審及びその引用する一審判決は、資材の所有権の国への移転は、使用令の効果として(違法処分により)生じたものではなく、これとは別に締結された買収契約により生じた旨を認定しており、所論の選択的主張につき審理判断を与えていることは明らかである。所論は、原審が上告人の主張を認めなかつたことをもつて審理不尽乃至理由不備と称して原判決を攻撃するに過ぎず、その採り得ないことはいうまでもない。

論旨第六点について。

原審は、所論のように、単純に、国が違法をするはずがないとの見地、または会計法令等の違反はあり得ても使用収用令の違反はあり得ないとの見地から、資材の所有権移転が売買契約により行われた旨を認定したものではない。原審及びその引用する一審判決は、工場事業場使用収用令による使用令をもつてしては、資材の所有権を取得することは法的に不可能であることが明らかであつたこと、他方、総動員物資使用収用令による収用の手続は、もともと一大企業に属する全資材を使用・収用する目的で立案されたものでなく、当時の緊急状態の下で簡易迅速に全資材の所有権を取得する法的手段としては不適当であつたところから、国は売買の方法により資材の所有権を取得する意図を有していたこと、当時の状況においては上告人側の追随を期待すべき状況にあつたこと、前述第二点について記載したような経緯により国と上告人との間に任意の意思による売買契約が締結されたと目すべき事実が存在すること等の一切の事情を総合して資材の所有権移転は使用令とは別の任意の売買により行われた旨を認定したものである。右認定は相当であり、所論は、原判決を正解しないことに基くもので、採用のかぎりでない。

論旨第七点について。

原審の判示は、幾分不十分の点があるが、その引用する一審判決と総合して、次の趣旨を判示した趣旨と解すべきである。すなわち、その趣旨は、終戦時において政府所有物資を緊急に民間人所有に切り替える必要にせまられた状況の下で昭和二〇年八月一八日とりあえず問題の資材の所有権を上告人に移転する旨の合意が国と上告人との間に成立したこと、その際、右所有権移転の原因を贈与とするか売買とするか、及び売買とする場合にはその代金額を双方の合意により後にとりきめ、このとりきめが成立したときは八月一八日に遡つて贈与または売買を原因とする所有権移転があつたものとする旨の暗黙の合意があつたこと、右合意に基き翌二一年一月八日に国(を代表する商工省整理部長)と上告人会社社長との間に前記八月一八日の所有権移転の原因は売買としその代金は一応終戦時の帳簿価格を基準とし、「契約解除、製作停止に伴う損害賠償要領」に従い残存価額をもつて計算する旨の合意が成立し、これに基き同年五月中に代金額を金四億二千二十三万八千五百三十円十九銭とすることに協定が成立したこと、以上の事実を認定した趣旨と解すべきものである。右事実によれば、昭和二〇年八月一八日所有権移転の合意がなされた際にはその原因が確定されていなかつたが、その当時すでに当事者間に成立していた合意に基いて、後に、その原因を売買とし、八月一八日に売買により所有権が移転したことに当事者間で取り扱う旨及び代金額を前記金額とする旨の協定が成立したというのであるから、少くとも最後の協定が成立した以後においては、所有権移転の時期、その法律原因、契約内容が未確定もしくは不明確であるということはあり得ない。そして、民法上、右のような経過で当事者間に売買を成立せしめることが不可能であると解すべき根拠はなく、かような経過で売買契約を成立させることが、仮に国の側における会計法令等違背の見地から違法視されるとしても、このことは、原審の引用する一審判決の認定するような終戦時の特殊の事情の下で、右のような経過で当事者間に売買が有効のものとして成立したと認めることの妨げとなるものではない。所論は、原判決を正解しないことに基くものであるか、また、原審が上告人の主張を認めなかつたことを審理不尽乃至理由不備と称して攻撃するものであつて、結局において、右のような経過で売買が成立したとする原審の事実認定を攻撃するに帰するものであり、すべて、採用し得ない。(原審が当事者間に争いのない事実と矛盾した認定をしているとの非難の理由がないことも次に述べるとおりである。)

論旨第八点について。

乙六号証の大臣通牒は軍需大臣より軍需工廠長官にあてた行政部内の通牒であり、甲六号証の通牒は第一軍需工廠長官から上告人会社社長にあてた一方的通牒である。従つて、これにより問題の資材の所有権が上告人会社に移転することは法律的にあり得ないことはいうまでもない。原審及びその引用する一審判決の趣旨は、右通牒を通じて上告人会社に対しなされた国の所有権移転の意思表示(前述のような経過で後に売買と確定された)に対し上告人がこれに応ずることにより資材の所有権が上告人に移転した旨を認定した趣旨であることは明らかである。そして右各通牒により資材の所有権が移転したことは当事者間に争いがないとの判示の趣旨は、当時右通牒以外に明示的に売買の意思表示とみとめられるようなものはなかつたこと及び甲六号証の通牒があつた昭和二〇年八月一八日から当事者間で所有権が国から上告人会社に移転したものとして取り扱われていたことは当事者間に争いがない、との趣旨を判示したものと解すべきであり、一方的行為として通牒自体により所有権が移転した趣旨を判示した趣旨と解すべきではないから、原判決が当事者間に争いのない事実と矛盾した認定をしたというのは当らない。また、原審が乙四号証を売買成立の一資料として採用したことは相当であつて、その文理からみても、所論のように上告人の主張にそう証拠と認めなければならない必然性は何等うかがわれないから、乙四号証に関する論旨は、証拠の取捨選択を非難するものにほかならない。その他、工廠廃止のときは資材を含めて工場を一括して返還するという合意が成立していたとの事実、契約の解除が行われたとの事実は原審及びその引用する一審判決の認めないところであり、これに関連する論旨は、原審の証拠の取捨選択乃至その事実認定を非難するものであつて採用のかぎりでない。その他所論は、要するに原判決を正解しないことに基くものであるかまたは原審が上告人の主張を認めなかつたことを審理不尽乃至理由不備と称して攻撃するに帰し、すべて採用のかぎりでない。

論旨第九点について。

原審及びその引用する一審判決は、前述第二点説明のような経緯により成立した資材の買収代金から、すでに支払を受けていた金額及び昭和二一年五月頃決定をみた資材払下代金四億二千余万円を控除した残額を同年五月中(終戦後戦時補償特別措置法施行前)に上告人会社から政府に請求することにより、右払下代金の限度で、相殺が実施された旨を認定したものであつて、右相殺が会計法令上の手続不遵守の点で違法視されることがあるとしても、そのことは判決の認定する終戦後の事情の下で、右相殺が当事者間で有効のものとして行われたことを認定することの妨げとなるものではない。そして、原審の右認定が動かし難いものである以上、所論の指摘する部分の判示が仮に誤りがあるとしても、この誤りは、原審の判断の結論に影響を及ぼすものではないから、所論は採用のかぎりでない。

一論旨第一〇点について。

所論の判示部分を一読して前後一貫しないうらみがあることはたしかであるが、原判決は、結局、前記相殺の手続については正規の会計法令上の手続に従い相殺額の歳入納付を行うことをしないで、相殺額を定額戻入により歳出予算に編り入れるという略式の方法をとる方針の下に、実際には、相殺額を戻入する手続すらとらず、単に相殺残額を歳出予算に計上するにとどめるという方法がとられた旨を判示した趣旨と解すべきものであろう。いずれにしても、原審及びその引用する一審判決の認定するような終戦後の事情の下で、右相殺が会計法令上の見地から違法視されるものであるということは、右相殺が当事者間で有効のものとして実施されたとの事実を認定することの妨げとなるものではないから、所論指摘部分の原判示に理由のそごがあつても、このことは原判決の結論に影響を及ぼすものではない。よつて所論は採用し得ない。

論旨第一一点について。

原判決認定の資材払下契約の締結が、仮に制限会社令の厳密な解釈上これに触れるものであるとしても、このことは、原審及びその引用する一審判決の認定するような終戦直後の事情(とくに資材を急きよ政府所有から民間人所有に移す必要があつたというような事情)の下においては、払下契約が、当事者間で、制限会社令に触れない有効のものとして取り結ばれたと認めることの妨げとなるものでないから、同令違反の有無に関する判示が仮に正当でないとしても、原判決の結論に影響を及ぼすものではない。従つて所論は、結局、理由がないことに帰する。

論旨第一二点について。

民訴一九四条の要件をみたすかぎり、主文中の表現でも、更正決定の対象となることについては、異論のないところである。そして、原審における上告人勝訴の限度からみて、通常ならば、訴訟費用の負担の割合は更正決定後の割合が相当と思われ、とくにこれと反対の負担率をとるについては、その理由の説示があつてしかるべきであると思われるにかかわらず、原審が反対の負担率を採用したことにつき何等説明を加えていないところからみて、更正前の負担割合は明白な誤記と認められるから、更正決定は相当であり、所論は採る得ない。

論旨第一三点について。

論旨(二)にいう「移管に係る資材等に対しては、別途経理措置として、当該会社の帳簿に基きその数量価格により損失を補償すること及び国営解除の際は、資材は工場とともにそのまま帳簿価格により原会社に復帰する形態をとること、という成案に達し、総局長官はこの成案を採用した」との事実は原審の認めないところである。従つて、右方針決定に基き閣議が稟請されたとの事実も原審の認めないところであることは明らかである。その他原審の認定に反し論旨に添う事実はすべて、原審の認めないところであり、所論は、要するに、原審が上告人の主張する事実を認めなかつたことを判断遺脱乃至理由そごと称して攻撃するにほかならず、採用に値しない。

論旨第一四点について。

終戦時における工廠の資材の所有権移転が、国営移管当時当事者間に成立していた諒解(法律的意味の合意)に基き工廠長官の依命通牒により一方的に行われたとの事実、当事者間で終戦時の資材を国営移管時の資材と同一視して処理する趣旨の下に一般軍需会社に対する契約解除による補償と同一の補償をなすための経理措置として乙四号証の覚書が作成されたとの事実は、いずれも原審の認めないところである。かえつて、原審及びその引用する一審判決の認定した事実は、前記(七)に掲げたとおりであつて、国営移管の際における合意を前提とすることなく終戦後の売買契約により資材が一括して上告人に売り渡されたとする判決の認定は、その認定にかかる終戦時の状況その他判決の挙示する証拠にかんがみ十分首肯し得るところであつて、この認定が不合理であるということはできない。乙四号証の覚書中に「工廠に肩替せる諸資産云々」の文句があるからというだけで、右覚書が所論のように資材を同一視して処理する趣旨の下に作成されたと解さねばならないものではない。また右覚書一項但書の『「契約解除製作停止に伴う損害賠償要領」に依つて処理すること』なる文言は、資材の払下代金は一応終戦時の帳簿価格を基準とするが、あたかも国営移管の行われなかつた一般の私企業が終戦に伴う契約解除製作停止により被つた損害を政府が賠償する場合に準じて代金を減額計算する趣旨、すなわち代金額を減額計算するための便宜的基準を定めた趣旨と解し得るので、右文言があるからといつて、覚書の趣旨を所論のように解きなければならないものではない。所論は、要するに、原判決及びその引用する一審判決を正解しないことに基くものであるか、または、右判決が上告人の主張を認めなかつたことを審理不尽と称して攻撃するもの、もしくは証拠の取捨選択を非難するに帰し、いずれも採用のかぎりでない。

論旨第一五点について。

所論は、原判決及びその引用する一審判決の趣旨を正解しないことに基くものであつて採り得ない。

論旨第一六点について。

終戦時における資材の売渡が仮に一般命令の厳密な解釈上、これに触れるものと解すべきであるとしても、このことは、原審及びその引用する一審判決の認定するような終戦後の事情の、下で、右売買が当事者間で有効のものとして成立していたという事実を認定することの妨げとなるものではない。所論は、結局、原審の事実認定を非難するに帰し採用のかぎりでない。

論旨第一七、第一八点について。

終戦時における資材の売買が、仮に占領軍関係法令の厳密な解釈上これに触れるものと解すべきであるとしても、このことは、原判決及びその引用する一審判決の認定するような終戦後の事情の下で、当事者間において右売買が占領軍関係法令に触れることなく有効になし得るものとの見解の下に行われたという事実(判決は右事実の認定を含むことは明らかである。)を認定することの妨げとなるものではなく、原判決の結論を下すためには、右認定をもつて足り、反覆して常務としてなされていた行為が何であるかにつき立ち入つて審理判断することは必要でない。所論は、要するに、原審の事実認定を攻撃するものであるか、または、原審が上告人の主張を認めなかつたことを審理不尽と称して攻撃するに帰し、採用のかぎりでない。

論旨第一九点について。

原判決の趣旨は前述第七点に対する説明のとおりであつて、所論のように理由そごがあるといい得るものでないことは明らかである。所論は、原判決を正解しないことに基くものであつて採用し得ない。

附帯上告について。

附帯上告が上告理由と独立した別個の理由に基くものであるときは、当該上告についての上告理由書の提出期限内に原裁判所に附帯上告状を提出することを要することは、当裁判所が、当裁判所昭和三七年(オ)九六三号事件について、同三八年七月三〇日に言い渡した判決で判示するとおりである。そして、本件附帯上告理由が上告人の上告理由と別個のものであり、本件附帯上告状の提出が右の期間経過後であることは記録上明白であるから、本件附帯上告は不適法であり却下を免れない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判官 河村又介 垂水克己 石坂修一 五鬼上堅磐 横田正俊)

上告代理人岩田宙造、同青木一男、同福井盛太、同公荘惟和、同山根篤、同加嶋五郎の上告理由

〔総論〕

本件の事実及び争点は多岐にわたつているので、はじめにその大綱を明らかにしておきたい。

本件の中心となる争点は、

(一) 昭和二十年四月一日の使用令書による中島飛行機株式会社の事業の国営移管(第一軍需工廠の設立)とともに、工場所属の原材料、仕掛品等に国の所有権が移転したのは(以下「第一の移転」と称する)いかなる原因によるか、

(二)昭和二十年八月十五日の終戦によつて、右の原材料、仕掛品等々で残存するものにつき、国から中島飛行機株式会社が商号を変更した富士産業株式会社(以下原会社という)に所有権が移転されたが(以下「第二の移転」と称する)、それは、いつ、いかなる原因によつて移転したかである。

もし、右の移転原因が両者とも自由に締結された売買契約であるとするならば、第一の移転によつて原会社は十六億五千余万円の債権を取得し第二の移転によつて国は四億二千余万円の債権を取得したということになるであろう。

しかし、上告人が、第一審以来主張するごとく、右の第一、第二の移転原因を売買とすることは、事実に反する擬制であつて、第一審、第二審判決が、後述のように、法律解釈上きわめて大きな無理を犯しているのは、そもそも、その法律構成自体が誤つているからにほかならない。上告人は、これに対し、第一の移転原因は、国家総動員法に基く工場の強制使用に伴う強制的な接収(法律的にいえば使用令の効果、又は、国の違法ではあるが有効な処分)であり、また、第二の移転原因は、終戦に伴う工廠の国家管理の解消により工場とともに現葎する原材料、仕掛品等が返還されたということであつて、その価格である四億余円を相対立する債権と相殺によつて決済したのではなく、物で返還されたからそれだけ補償額を整理計算したものにほかならず、被上告人国が四億余円につき相殺による決済があつたものとして戦時補償特別税を課したのは、結局、違法な課税処分で取消しを免れない、と主張しているのである。

ところで、本件についての原審判決には、次のような違法がある。

(一) 第一の移転原因を明示の売買契約としたこと(上告理由第二点ないし第六点)。

(1)  関係者が一致して売買契約の存在しないことを証言し、売買契約を締結した証拠が何もないのに、明示の売買契約の締結があつたとしたこと(上告理由第二点)。

(2)  国を代表して売買契約を締結した者がないのに拘らず、国との間に明示の売買契約が成立したとしたこと(上告理由第三点)。

(3)  強行法規たる会計法が、国の契約締結について、契約書の作成を要件としているのに拘らず、契約書のない明示の売買契約の成立を認めたこと(上告理由第四点)。

(4)  第一の移転は、使用令の効果として、又は国の違法ではあるが有効な処分によつて生じたものだとする上告人の主張のうち、後者の選択的主張につき審理と判断を加えていないこと(上告理由第五点)。本件は、第一軍需工廠の事件であるが、本件と同様な第二軍需工廠の事件については、大阪地方裁判所昭和二十四年(行)第一二五号事件判決が、違法ではあるが有効な収用処分によつて資材が国に移転したことを認定して、結局、国の課税処分を取り消しており、国はこれに対して控訴しなかつたため、判決は確定している。それとの均衡からいつても、原審判決は、右の点について、十分な審理と判断を加えるべきであつた。

(5)  国が違法をするはずはないとして、上告人の右(4) の主張を一蹴しながら、その結果として他の幾多の国の違法処分を認めているという明らかな理由の齟齬があること(上告理由第六点)。

(二) 第二の移転原因の説示が全く明確を欠き、あいまいに、後になつて売買契約に確定したと構成していること(上告理由第七点)。

(1)  原審判決は、第二の移転が、昭和二十年八月十八日の払下契約でなされたとするごとくであるが、その性格は未確定で、昭和二十一年一月八日の覚書で売買契約に確定したと述べており、いずれの時期に、いかなる契約によつて移転がなされたかが、明らかでないこと。これは、本件の最重要争点であつて、これを明確にしない判決は理由不備といわざるをえない(上告理由第七点の一、二)。そして、これを明確になしえないのは、第二の移転が売買ないしそれと類似の契約によつてなされたとすることが事実に合致せず矛盾を含まざるをえないことに起因しているのである。

(2)  原審判決は、八月一八日の払下契約の法律上の性格が当初未確定だつたとしているが、そのような契約はそもそも契約として成立しえないこと(上告理由第七点の三ないし五)。すなわち、第二の移転が、八月一八日になされたとすれば、それは払下契約によるものではなく、上告人の主張するように、工廠の国家管理の解消に伴う資材の一方的な返還によるものである。

(3)  原審判決が昭和二十一年一月八日の覚書で売買契約が成立しそれによつて第二の移転が行はれたとするならば、それは前年八月一八日の移転と矛盾するとともに、上告人が八月一八日以後所有権を有していたという事実に反するこよになること(上告理由第七点の六)。

(4)  本件払下契約が制限会社令に所謂通常業務に属するとしたこと(上缶理由第十一点)。

(三) 第一の移転による戦時補償請求権と第二の移転による代金請求権との間に相殺が行われたとしたこと(上告理由第九点、第十点)。

(四) 戦時補償特別税の違法な審査決定につき、課税処分そのものを取り消すべきであるのに、増額部分のみを取り消すとしたこと(上告理由第一点)。

以上を要するに、原審判決が、右にあげたような幾多の違法を犯しているのは、第一および第二の移転を売買ないし売買類似の契約と構成したという根本において誤つているからであつて、それは単なる事実の誤認にとどまらず、事実の法律構成および法令の解釈において重大な誤りを犯しているといわざるをえない。

要は、個々の事実をいかに価値づけ、全体の法律関係をいかに構成するかという法律問題が争われているのである。そして、前掲の大阪地方裁判所の、事実に即した単純明快な判決にくらべて、原審判決が複雑あいまいかつ難解なものになつているのは、その法律構成の優劣によるものである。

なお、裁判は証拠を基礎として事実を認定し、それに基いて合理的法律構成と考うべきに、原審判決は或る法律構成を予断し、この予断に都合よき証拠は上告理由第九点で指摘したように証拠の価値なきものまで採用するに反し、第一審、第二審を通じ本件に直接関与した国側及び会社側の極めて多数の証人の貴重な証言は、この予断に合せざるの故を以つて、ことごとく排斥した印象を残すことは頗る遺憾とするところである。又原審判決が会計法令の権威を軽視したことは、その影響の重大であることを特に指摘するものである。

なお、本件を実質的に考察してみても、戦争末期に強制的に接収され、終戦によつて当然に返還された本件資材は、実質上もともと被上告人の所有にとどまつていたのと同視すべきであつて、その価格について戦時補償特別税を課するというのは、戦時補償特別措置法の立法趣旨に反するものであり、同法がそもそも予期しなかつたところである。それなればこそ、本件と同様の第二軍需工廠の事件においては、大阪地方裁判所が戦時補償特別税の課税処分を取り消し、国もそれを争わずに判決は確定を見たのである。本件第一軍需工廠設立に際し使用令、供用令だけで移管を行うことに無理あることは関係者間に理解されていたのであるが、予想以上に順調に手続が進んだので、第二軍需工廠の場合も第一軍需工廠と全く同じ手続で事を運んだのである。第二軍需工廠の場合、大阪地方裁判所は原告勝訴の判決を下し、被告国は上訴権を拠棄して判決に服したのである。従つて国が、本件についてだけ課税処分を適法と主張するのは当を得ないとともに、それを適法とする原審判決は法の下の平等に反する結果を生ぜしめている。これは、原審判決が前述のような違法な法律構成をしたためであつて、法律的に違法な判断が実質上も不当な結果を生んでいるのである。又戦時補償特別措置法第六十条によれば、国に対し土地建物等を譲渡し又は収用された場合には原価買戻しの権利を認め、実質的に戦時補償特別税を課さないことにしている。かく立法上動産と不動産との間に極端な不均衡の存する事実にも徴し(控訴人第四準備書面第五参照)且又国営工廠とならなかつた一般軍需会社は終戦時の保有資材につき戦時補償特別税を課せられなかつた事実にも徴し、本件の場合だけ法令の解釈を曲げ、無理な事実認定をして強いて課税せんとすることは著しく正義衡平の原則に反するものである。原審判決は破棄を免れない。

以上が、論点の概要であつて、以下、各論点につき、上告人の主張を詳述する。

〔各論〕

第一点原審判決は「控訴人の戦時補償特別税の課税価格更正決定に対する審査決定中更正決定による課税価格金十三億二千三百六十八万三千百四十六円九十九銭から右金十五億千百七十二万九千八十七円五十一銭に増額した部分を取消す」と判決したけれども、法律に定めた手続に違反した課税処分、殊に法律の認めざる課税処分は処分そのものを取消すべきものであるから原審判決は法律違反、憲法違反の判決として破毀さるべきである。

一、憲法第三十条は「国民は法律の定めるところにより納税の義務を負う」と規定している。これは課税の内容、実態と手続共に法律の定めるところによるべきことを規定したものであり従つて法律に定められた手続に違反する課税処分を是認した原審判決は法律違反憲法違反の判決として破毀さるべきである。

二、原審判決は第一審判決と見解を異にし、国税局長の審査決定の段階で税務署長の更正額よりも増額することは違法であると判示したのは上告人の第一審以来の主張を採用したものであり、その理由として(イ)審査請求制度の本質が納税者救済の制度であること(ロ)戦時補償特別措置法第三十一条に「政府は前条第一項の請求があつたときはこれを決定しなければならない」と規定しており、右にいわゆる「これを」とは審査請求自体の当否をいうものであるから、との二点を挙げている。

而して原審判決は法第三十一条の解釈として右請求が適法である限り政府はその当否を審査し若し請求が理由のないものならば之れを棄却し又若し理由のあるものならば原決定の全部又は一部を取消す決定をすべき趣旨を定めたものであると判示している、この法律解釈は正当である。

この解釈に従えば、東京国税局長は本件につき審査請求の当否についての判断をなし、請求が理由なしと考えたならば、棄却の決定をすべきであつたに拘らず、その審査請求の当否について決定するところなく自ら別に課税価格の更正決定をしたのである此の点は第一審以来本件係争の焦点であつたのである。(第一審以来被上告人は「これを」とあるは課税価格の意であり、国税局長は覆審的に自ら更正決定をなし得ると主張し、第一審判決はこの被上告人の見解を支持したのであるが、原審判決は第一審判決の見解を否認し上告人の見解を支持したものである)。従つて国税局長のなした審査決定は法第三十一条に違反する違法の課税処分即ち法律の認めざる課税処分であるから取消さるべきである。

而して単に法第三十一条に違反するだけでなく控訴人第三準備書面一に詳述した通り昭和二十一年勅令第四九七号第八十四条にも違反する違法処分である、この第八十四条の規定によつて戦補税の課税価格の更正及び決定は税務署長の専権と規定されているのであり、いかに上級官庁といえども国税局長は税務署長の法令上の専権を犯すことができない。行政機関は法令によつて、その権限を定められているのであり、その権限外の行為をなしたときはその行為は無効であるというのが通説である(昭和三二年三月発行法律学全集第六巻田中二郎著、行政法総論三四六頁参照)。上告人が本件東京国税局長の審査決定を取消すべきものと主張したのは無効の行政行為の取消しをも含めた意味で主張したのである。又控訴人第三準備書面三π詳述した通う、徴税機関の更正又は決定の処分に対しては、すべて審査請求及び訴訟という二段の救済手段(現行法は再調査を加えて三段の救済手段)を認めているのである(戦時補償特別措置法第三十条)。然るに形式上の審査決定に対しては更に審査決定を諸求することができないから国税局侵が審査決定の名に於て、実質上の更正決定をすると之に対する審査請求の途なく法律上の根拠なくして第一段の救済手段を剥奪することとなるのである(控訴人第三準備書面一及び三参照)。かような審査決定は、明に法律に違反するものであり、無効か或は取消さるべきものである。

要之東京国税局長の審査決定は

(一) 原審判決の認定した通り審査制度の本質に反すること

(二) 戦時補償特別措置法第三十一条に反すること

(三) 昭和二十一年勅令第四九七号第八十四条に反すること

(四) 不法に戦時補償特別措置法上の第一段の救済手段を剥奪するものであること

という四つの点で法律の認めざる違法の課税処分を行つたのであるからその行政処分は無効となるか又は取消さるべきものである。従つて原審判決が東京国税局長の審査決定そのものを取消すことなく、単に課税価格を変更したに止つたのは法律違反の判決であり憲法違反の判決である。

三、上告人は第一審以来、本件の東京国税局長のなした審査決定は課税の実体において不当課税であると同時に、課税手続においても違法であるという二つの点から審査決定処分の取消を求めたのである。

取消を求めた理由が、右の第一点即ち課税価格の当否という点に限られるならば、原審判決のように審査決定の一部を取消して課税価格を変更することですますことも考えられるが、課税手続の違法即ち法律の認めざる課税処分という瑕疵は課税処分そのものを対象とするものであるから、処分全体を一つとして瑕疵の法律的効果を判断すべきものであることは論を俟たない、従つて、判決が審査決定の一部のみを取消し金額の訂正に止めたのは違法の判決である。

四、戦時補償特別措置法第三十一条について原審判決は右請求が適法である限り政府はその当否を審査しもし請求が理由のないものならば之を棄却し又若し理由のあるものならば原決定の全部又は一部を取消す決定をすべき趣旨を定めたものという解釈を下している。本件の場合は国税局長が上告人の審査請求を否としたのであるから請求棄却の決定でなくてはならないはずである。然るに請求棄却でなく独自の更正決定をした点に違法のあることは自ら明らかである。又原審判決が審査決定について与えた解釈は当然裁判所の判決にも適用さるべきものであつて判決は審査請求の当否即ち更正決淀又は審査決定の当否を判断するのが任務であつて、納税人の審査請求を理由ありと認めた場合に限り課税処分の全部又は一部の取消という判決があり得るけれども、税務署長の更正決定を支持する限り訴の棄却の判決でなければならない筈である。

然るに原審判決が上告人の納税義務不存在の確認の請求を斥け、実質において税務署長の更正決定を支持するに拘らず棄却の判決でなしに一部取消という異例の形で行われたのは国税局長の審査決定そのものを取消すべきに取消さなかつた誤りに起因しているのである。

五、国税局長が覆審的に独自の更正決定をする場合には税務署長の更正決定額と数字的に一致する部分があるとしても課税原因は全然異なるかも知れないし一部一致し一部異るかも知れない、審査決定又は判決において、原処分の一部を取消し金額を変更する場合には、課税原因別に支持部分と否認部分とを明にしなければならない。本件の東京国税局長のなした審査決定(実質的には更正決定)の課税原因別の金額内訳は第一審においても審理の対象となつたことがないし、原審判決もこの点について審理判示するところがない、原審判決主文に「増額した部分」というのは、金額を指すものであつて課税原因には触れていない。故に原判決が金額の一致部分を取上げたとしてもこれが直ちに税務署長の認定した課税原因と国税局長の認定した課税原因が符合したことを意味するものではなく、少くもそういう意味の判示はない、従つて、原審判決が審査決定の一部を取消し金額において税務署長の更正決定額と一致させたとしても、課税原因が不明であり、まことに不完全極まる判決であり理由不備の判決である。又右のような金額の変更は、実質的不当課税(課税額の過多)という瑕疵の一部を癒すことは考え得るが、前述の(二)に列記した違法処分の瑕疵就中(二)(三)(四)に掲げた法令違反の瑕疵は違法処分そのものを取消す以外に方法なく、右のように金額の変更で糊塗することを許さないものである。

この点から見ても、原審判決は法律の解釈を誤り又理由不備の違法を免れない。

六、本件国税局長の審査決定が余りにも重大な違法処分であり国民の納税義務に及ぼす影響の甚大であることが本件提訴によつて判明したので政府は類似の過誤を再び起させないため急遽昭和二十五年春の国会の法人税法及所得税法の改正案を提出し、審査の段階で国税局長が誤つて独自の更正決定をする余地のないように法律を改正したのである。この経緯から見ても、原審判決が違法に審査決定の一部を取消しただけですますような軽微な違法処分でないことがわかる。

七、前述の通り、上告人は第一審以来本件国税局長の審査決定は内容、手続共に違法であるから取消すべきものであることを要求した。

違法の行政処分は処分そのものが無効か又は取消さるべきものであることは学説の示すところであり(前掲田中二郎著、行政法総論三二四頁以下三五八頁まで)、又無数の判例の存するところである。更に行政事件訴訟特例法第一一条の反面解釈からも容易に推知できるところである。

原審判決は国税局長の課税手続の違法なことはこれを認めた、しかし、その一部を取消しただけであつて審査決定そのものを取消さなかつた、而してその理由は訴訟上明にされていない、審査決定そのものを取消すのが本則であり上告人も、之を主張したのに、之の主張の当否について審理を行わずその主張を排した理由も明にされていない、これは審理不尽理由不備の違法ある判決で破毀さるべきである。

第二点原審判決が原会社の工場の国営移管に際し行われた資材の所有権移転原因を明示の売買契約によるものであると判示したのは法律の解釈を誤るものである、この出発点の法律違反が本件を誤つた結論に導いたものである。

又「控訴人主張のように暗黙の契約としたのでないからその暗黙の契約を認定したことを前提とする控訴人の主張は採るに足らない」(判決(5) )と一蹴したのは審理不尽の違法がある。

一、 原審判決は本件資材の所有権移転原因を売買契約殊に明示の売買であると判示したことについて何等の説明と理由を加えていない。従つて、その判決中に引用した第一審判決の理由に基いてその意のあるところを窺知する外はない。

二、 第一審以来、本件資材の所有権移転原因が売買であることを主張した被上告人は、昭和二十年四月一日又はそれ以前における当該売買契約について契約担当者、契約の行われた日、契約の内容、契約交渉の経過等何一つ立証することができなかつた。第一審で証人となつた当時の政府側並に社会側の関係者中、何人もかかる契約の成立を証言した者がなく、卸つてすべての関係者が一致してかかる契約は存在しなかつたと証言したのである。

従つて、被上告人自ら明示の売買契約であると断言することができず「こうした事情に在る場合には資材の移転を原判決の説示するように売買によるものと見るのが最も妥当な解釈であるが、仮りに売買契約の成立を認め難いとすれば他日に対価の支払を期待して、とりあえず所有権移転についての暗黙の合意がなされ、これによつて所有権が移転したものと

解する外ない」と述べているほどである。(昭和二十八年四月十六日附被控訴人準備書面(1) の末項)

即ち、被上告人自ら明示の売買契約であることを立証し得ないことを自白しているのである。

三、第一審判決が本件資材の所有権移転原因を売買であると認定した理由は「被告国は係争の原材料等を強制の手続によることなく合意による有償契約の方式によつて取得する意思を有し昭和二十年三月中に主として第一軍需工廠設立準備委員会の会合の機会を通じて原告に対しその意思を表明したところ原告は之に応じ同年四月一日に現実にこれ等物資の所有権を被告国に譲渡することによつて売買を即時に完成したものである」というのである。(判決四一)

しかしこの第一軍需工廠設立準備委員会の性格は、裁判上明にされている通り軍需工廠設立につき政府の定めている方針手続を将来工廠事務の担当者となる会社の人々によく説明して事務の引継ぎを円滑にすることを目的としたものであつて、原告と政府との間に協議することを直接の目的としたものでないことは、第一審判決も認めているのである(判決三九)。契約の交渉及成立につき何等の積極的立証もないのに、判決が右のような結論を下した根拠は「政府の意図したところはこの委員会を通じて原告に伝達されたのであり之に対する原告の意見があればなんらかの形で表明する機会と余裕が与えられた筈であるが該委員会においても他の機会方法においても原告の反対意見は終始表明されなかつた」という一点に帰するのである(判決三九末項)。

政府の意図したところは委員会を通じて原告に伝達されたというその意図というのは資材の買収方針を指すものと解されるが、委員会でその意図が表明されたことと売買の申込みとは法律上全然異なる性質のものである。又反対意見があれば言う機会があつたのに反対の意見が表示されなかつたというので契約が成立したと認定したというのは恰も国が或る目的のために或る地域の土地を買収する方針を決定し、その方針を地主に知らせたのに反対の意思表示がなかつたから土地の売買契約が成立したものと認定したと同様に頗る乱暴にして非常識な認定であるが今その点を別としても契約書も作成されず、契約担当官も、契約日附も契約内容も不明であり契約の交渉もないままに契約の成立を認めたのである。かような契約は仮りに存在したとしてもそれは典型的な黙示の契約である。

原審判決が之を以て明示の契約であるとしたのは明かに法律の解釈を誤つたものであり又明示の契約であるという誤つた解釈を前提として上告人の前記主張を一蹴し審理を加えなかつたのは審理不尽の違法がある。

第三点原審判決が官制上国を代表する当該官吏の関与していない売員契約の成立を認めたのは、法律の解釈を誤り法律上成立し得ない契約を認めた違法がある。

又誰かが国を代表して契約をしたと言うけれども、その代表一権の立証がないままに契約の成立を認めた違法がある。

又航空兵器総局第四局主計課長の権限について審理不尽の違法がある。これらの違法がなければ判決は反対の結論となつた筈である。

一、第一審判決(四一)は国が原告に対し有償契約により資材を取得する意思を表明したと認定しているけれども、国を代表して何人がその意思を表明したかを明らかにしていない。この判決理由はそのまま原審判決の引用するところである。

二、国は法人であるから代表者によるに非れば契約することができない。之は民法と会計法等を通ずる当然の法理である。

国を代表して契約をなすには官制及びその附属の各省分課規程(今日では国家行政組織法及各省設置法並に各省組織令>に定めるところの所管事項に基きその職務権限を有するものでなくてはならない。

国が売買契約をしたと主張する被上告人は、国を代表して何某が契約を結んだという事実を述べ且つこれを立証する責任がある、然るに、第一審、第二審を通じ被上告人はこの事実を明らかにせず又立証も行つていない。この点で原審判決は当事者の明でない契約を認めた違法がある。

三、法人たる国のために有効な契約をするには正当な代表権又は代理権限ある者が契約をしなければならない。

本件において、上告人はかかる代表権又は代理権を否定したのであるから、被上告人においてその立証責任あること論を俟たない、然るに原審判決は被上告人の代表権の主張及び立証のないままに、又その権限の存在を判示しないままに国の契約の成立を認めたのは法律の解釈を誤る違法の判決である。

四、当時の軍需省官制(昭和一八年一一月一日公布勅令第八二四号)によれば、本件の契約担当官は航空兵器総局第四局長太田輝であるが、被上告人は第一審以来太田局長が国を代表して本件契約を締結したと主張していないし又従つて立証もしていない。

却て太田局長は第一審において自分が官制上資材購入契約の担当官であることを明らかにすると共に四月一日又はそれ以前に本件資材について自ら売買契約の交渉をしたり契約を結んだ事実がないし又代理人をして契約を結ばせた事実もないと証言した。

又第一審判決は第一軍需工廠設立準備委員会の席上売買の意思を伝達したと述べているが、太田局長は準備委員会の委員でもなく又会議に出席していないことが訴訟上明白となつている。

又担当官たる第四局長に事故のある場合、局長を代理する者があるとすれば軍需省航空兵器総局分課規程(昭和一八年一二月二八日官報五四四頁官庁事項欄掲載)第二十六条によつて西山第一契約課長のみがこれに該当するのであるがその西山課長も第一軍需工廠設立準備委員会の委員でもなく、又会議に出席していないことが訴訟上明白となつている。

五、第一審判決は会議に出席していた主計課長が契約担当官である局長を代理して原告に対し売買契約を伝達したものの如く認定しているけれども、これは証拠に基かない独断である。主計課長が本件売買契約に関与する職務権限のないことは軍需省航空兵器総局分課規程第二十五条の上で明白である。

又岩崎主計課長が国を代表して契約の申込をし又は契約を結んだという事実は被上告人も第一審以来主張したことがなく立証したことがない、又岩崎課長を含む何れの証人によつてもそのことが証言されていない、却つて代理人によつて契約を結んだ事実がないという太田局長の証言の存することは前述の通りである。

十六億円(今日の時価にすれば約五千億円で国の予算の半に近い)、という巨額の資材の売買契約が担当官たる第四局長も、担当課長たる第一契約課長も、知らない間に結ばれるというようなことがあり得る筈がないのである。

六、上告人は第一審以来、本件担当官は太田第四局長であり、担当課長は西山第一契約課長であり、主計課長にその職務権限なきことを主張しつづけてきた。そして主計課長が契約に関与する職務権限のないことは軍需省航空兵器総局分課規程の上で明白のことであるから第一審判決並に原審判決が主計課長によつて契約が結ばれたと認定するには主計課長がその権限をもつ根拠について審理判断を加えることが必要である。

即ち官制及び分課規程の解釈上職務権限ありと積極的に解するとか、或は特別の委任又は命令によつて官制及び分課規程の上で存しない権限が臨時に与えられたものであるとか、二者何れかの根拠を明らかにする責任がある、これらの点につき何等の審理と判示がないままに、主計課長によつて契約が結ばれたと認定したのは、法律の解釈を誤る違法と共に審理不尽の違法がある。

要するに、原審判決は官制上国を代表する当該官吏の関与していない契約を認めた違法の判決である、又契約に関したと認めた主計課長の権限について審理不尽の違法がある。

第四点原審判決(ち)が会計規則所定の契約書は契約締結の事実の一の証拠方法に過ぎず、その作成が契約の成立要件又は有効要件とは解せられないから、その作成がないため契約自体が違法であるとは断じ難いと判示したのは、法令の解釈を誤る違法の判決である。

一、原審判決は一方に於て被上告人の主張を排して会計法規の大部分は性質上本来強行法規であるとの見解をとりつつ(判決(る))他方に於て会計規則に反して契約書を作成せざる契約も違法でないと判示した(判決(ち)及(り))のは大きな矛盾である。

強行法規違反の行為は常に違法でなくてはならない、この点に於て判決は法令の解釈を誤り理由の齟齬ある判決というべきである。

二、会計規則第八十五条には「各省大臣又はその委任を受けたる官吏契約をなさんとするときは(中略)契約書を作成すべし」とある、現行の予算決算及会計令第六十条も全く同じように規定している。

仮りに、会計規則が「契約をなしたるときは契約書を作成すべし」と規定しているならば、原審判決のいう如く契約は別に行われ契約書はその単なる証拠方法に過ぎないこととなるけれども、「契約をなさんとするとき」は、という法意は契約書の作成によつて契約を結べという意味であること疑問の余地がない、この点に於て判決は法の解釈を根本的に誤るものである。

三、国の会計法令上の契約が要式行為かどうかは見解の岐れるところである、会計規則第八十五条を文字通り読むと要式行為となるのであるが、少なくも要式行為に近い厳格な規定であることは疑をいれない。又、斯く厳格に解することなく契約としては口頭でよいなどと解釈しては国の権利義務と会計担当官の責任を明確にすることができず、国の財政の秩序と国庫の利益を擁護することができず会計法令制定の意義は根本から没却されることとなるのである。若し会計法令違反の契約も違法にあらずという原審判決の判示が判例となつたとしたならば、その影響の恐るべきもののあることは多言を要しない。

第五点上告人は国営工廠移管に当り使用令の効果として又は国の違法な処分によつて資材の管理権即ち所有権が国に移つたものであることを繰返し主張した(控訴人第四準備書面第一の六、第五準備書面の一)。

然るに、原審判決が上告人の選択的主張である国の違法な処分によつて資材の所有権が国に移つたものであるという主張について、審理と判断を加えていないのは審理不尽理由不備の違法ある判決である。

一、国家総動員法は国家総動員上必要あるときは総動員物資を使用収用することができると規定している。ただ物資を収用するのは収用令書を交付すべきに本件の場合は収用令書を交付せず使用令書の交付だけで収用令書を交付したと同一の法律効果を収受したものであるから収用令書の交付を省いた点に於て違法の処分であることを上告人は主張したのである。

二、本件と同趣の事件である大阪地方裁判所昭和二十四年(行)第一二五号原告明和興業株式会社被告国間の不当課税取消請求事件に於て裁判所はこの点について「使用命令は同時に他方に於て流動資産をもその対象としている、従つて工場に対する使用権の設定によつて国は流動資産に対する法律上所有権を取得したものと解さねばならない、国が行政処分により物の所有権を取得するのは形式の如何を問わずその実質は収用であるから使用命令なる行政処分のうちには流動資産に対する収用処分をも含んでいたものと解さなければならない。そして本件の流動資産は国家総動員法第一条に基く総動員物資使用収用令第二条第一項によつて之を収用することができるものであるから右収用処分の本質は右規定による収用と解すべきである。

而して本来収用命令によるのでなければ収用することのできない流動資産を固定資産に対する使用命令のみを以て収用処分したことはその形式に於て又手続に於て違法の処分たるを免れないものであろう。然し違法であるが無効ではない」と所有権移転原因を判示し、この事実認定と法律解釈を基礎として原告勝訴の判決を下し、被告(国)も上訴権を抛棄して判決が確定したのである、これは一つの判例をなすものである。

若し、本件原審判決が確定するならば、同一の閣議決定に基き二つの国営工廠を開設するに当り資材について一つは強権の発動により、他の一つは任意契約によるという矛盾した結論を生むという不合理に到達するのである。

三、国営工廠設立に当り、資材の所有権の国に移つた法律原因如何は本件係争の出発点であり又最重要の争点である、上告人は前述の如く使用令の効果として又は違法なる処分によつて所有権が国に移つたものであることを主張し、被上告人は売買契約によるものであると主張した、しかし、四月一日又はそれ以前には使用令書の交付という事実のほか直接売買の成立を想像させるような何等の物的証拠がない、又証人の全部は四月一日又はそれ以前の売買の存在を否認したのである、そこで売買契約説を主張する被上告人も暗黙の契約であるということを主張せざるを得ないという客観状態下に在つた、然らば、原審は売買契約の先入観を以て臨むことなく大阪地方裁判所の審理と同様に双方の主張を同等に扱い公平な審理を加うべき責任のあつたことは論を俟たない。然るに原審判決は双方の主張の要点を列挙するに当り、被上告人の主張である売買契約説と之に対する上告人の反駁を掲けただけで、上告人の主張である使用命令説と違法処分説に対しては黙殺の態度を採り、独自の認定も判示も行つていない。

そこで、第一審判決の理由の引用を基として、間接に原審の審理のあとをさぐる外はないが、第一審判決は使用令の効果として資材の所有権が国に移つたものであるという上告人の主張に対しては使用令により所有権を取得することは法律上不可能であるとして一応の審理判断を加えているが、上告人が選択的に主張した国の違法処分(収用令書を用いざる収用処分)よつて所有権が移つたものであるという点については全然審理と判断を加えていない、ただ、第一審判決(四二)の末段に「政府が使用令を違法に執行した結果であるとすることを誣いた断定であるという外はない」どと述べて、上告人の主張を問題としない態度を示している。しかし、この判示は使用令の効果として所有権が移つたという上告人の主たる主張の反駁であつて、上告人の選択的主張である違法なる処分によるものとする点の判断はすべて欠如しているのである、上告人のこの主張点についても(結論は別としても)、少なくも大阪地方裁判所がなしたくらいの審理判断を加うべきであつた、第一審判決の引用以外、独自の審理と判断を加えていない原審判決はこの最重要争点について審理不尽理由不備の違法ある判決である。

四、第一審判決は「戦時中と雖もいやしくも法治国たるを失わない限り一行政官庁の命令をもつて法律の限界とするところを超えてしかもその効力を法的に実現することを一方的に命令するだけでその効果を期待することはできない筈である」と述べているが、この部分の理由は原審判決によつて削除されている、従つて、原審判決が資材の所有権移転原因に関する上告人の主張を排斥した理由はますます不明となるのであつて、要するに最重要論点に対する審理不尽の判決と断ぜざるを得ない。

第六点国が違法をする筈がない、ということを唯一の理由として資材の所有権移転原因に関する上告人の主張を一蹴した判決は、そのために必然的に他の幾多の国の違法処分を認めざるを得なくなつたのであり、それは明らかに理由の齟齬ある判決である。

一、原審判決が第一審判決の引用により国営工廠開設時の資材の所有権の移転原因に関する上告人の主張を一蹴した根拠は右第四点で述べた通り明瞭を欠いているけれども、要するに使用令によつて資材の所有権が移転する筈がない国は違法な処分をする筈がないという一点に帰着するものと解する外はない。

然るに、控訴人第四準備書面第一の六に詳述した通り。

(イ) 固定資産に対し使用令を発した以上、その補償金額は総動員補償委員会の議を経て政府之を決定することに法律上定められている、この規定は強行規定であり任意規定ではない。

然るに、この規定を無視し本件訴訟に於て明らかになつている通り、別途協定金額により使用料を支払うこととしたのは違法である。

(ロ) 軍需省の作成した本件訴訟に於て成立に争なき経理事務処理要領中に、原会社とその協力工場等第三者との間の既存契約の引継方法を定めており、それによれば原会社と第三者との契約は「相手方に対し軍需工廠設立に伴い之を軍需工廠に引継ぎたる旨の通知をなし契約更改に代える」と定めており、原会社及相手方の承諾の有無を問わず相手方に引継ぎの通知をなすことによつて国が一方的に既存契約を承継する方針を決定しその通り実行した。

一方的通知によつて更改に代えるということは民法上不能のことである、それは被上告人や判決が使用令によつては所有権を取得することができないと主張するのと異るところがない。

又控訴人第五準備書面一に述べた通り

(ハ) 国営移管当時、若し原審判決の判示する如く売買契約が行われたものとすれば契約書の不作成その他の点で明らかに会計規則第八十五条、第八十六条に違反する契約である。

(ニ) 原審判決は昭和二十年八月十八日資材の払下げが行われたと認定しているが、仮りにその見解を是認するとその契約たるや原審判決も認めている通り黙示の契約であつて契約書も作成されていないから会計規則第八十五条、第八十

六条に違反する契約である。

(ホ) 原審判決は終戦後国と原会社との間に債権債務の相殺が行われたと認定しているけれども、仮りにこの認定を是認すると相殺額の歳入納付を行つていないから支出官事務規程第二十五条違反である。

かように、本件だけに限つて見ても幾多の処分又は契約に違法が行われたことになるのである、殊に、注目すべきは前記(ハ)(ニ)(ホ)の三つは本件に関連する国の契約又は会計法上の行為の全部であるが、それが総て違法であり、合法的な契約又は会計法上の行為は一つも存在しない結果となるということである。

かような違法の連続は、要するに判決が国営移管時の所有権移転原因を売買である、と認定したことに由来するのであつて、一つの事実の誤認は到底事後の自然的現象を合理的に説明し得ないことを示すものである。若し上告人主張のように、使用令により又は国の違法な処分によつて資材の斯有権移転が行われたと認定するならば、前記(ハ)(ニ)(ホ)の違法は全部解消し、本件に関する契約又は会計法上の手続はすべて合法のものとなり、違法のものは一つも存在した結果となるのである、かように国の処分に違法のことはあり得ない、ということを唯一の理由として上告人の主張を斥けた判決が、その判示の自動的結果として幾多の重大な国の違法行為を認めざるを得なくなつたのは明らかに理由の齟齬ある判決である。

二、右の点の判決の齟齬を免れるには総動員補償委員会関係法令や会計法令の違反はあり得ても、国家総動員法に基く使用収用令の違反はあり得ないことを明らかにしなければならない。然るに第一審判決も原審判決もこの点に触れるところがない。

控訴人第七準備書面で詳述した通り、国家総動員法は内外に先例を見ない劃期的の非常立法であり国民のすべての自由と権利を犠牲として政府に戦争遂行の万能の権能を賦与したものであり、当時の憲法上の非常大権の一歩前を行くものである、従つて国家総動員法はその施行上法令違反のことができても、むしろ自然発生的と見るべきである、戦時補償特別措置法別表第一の第十号に法令の規定に基かない国の違法処分のあつたことを予想して立法したのもこれがためである。又物資の収用は国家総動員法によつて明らかに政府に権能が与えられているのである。

ただ本件の手続として収用令書を交付しなかつたことは法令違反ではあるが左程重大な違反と目すべきではない。

反之、会計法令は戦時平時を通じて最厳格に施行さるべき性質の行政法規に属することは憲法に於て会計検査院が特設されていること、国会に決算委員会の設けられていることからも推知できるところである。之は国の財政の秩序確立と国の権利関係の明確化ということが近代国家構成の一要素であることに起因しているのである、従つて会計法令の違反はあり得べきも使用収用令の違反はあり得ないという法理の成立する筈がなく、又原審の判決がこの点に触れることなく、単に国が違法なことをする筈がない、という理由で上告人の主張を一蹴し、それがために他面幾多の国の違法行為を認めざるを得なくなつたのは、重大な理由の齟齬ある判決というべきである。

第七点本件の最重要争点である終戦時資材の所有権が原会社に帰属した時期及法律原因についての原審判決の判示は、明確を欠くばかりでなく明らかに法律の解釈を誤る違法の判決である。

一、原審判決は「昭和二十年八月十八日には当事者間に払下げを有償とするか否か及び有償とした場合に資材の相当な対価を協議決定すべき旨の暗黙の約定がなされた」(中略)「従つて資材の払下契約は当初その法律上の性格は未確定であつたところ、前記約定に基き昭和二十一年一月八日の覚書によつて政府から資材を控訴会社に売渡し控訴会社がこれに対し資材の対価即ち代金を政府に支払うことを約した売買契約に確定したものと解すべきである」と判示している。

終戦時の資材の所有権の移転原因如何、却ち資材の払下げにより原会社が国に対し債務を負担したものであるかどうかは、課税原因たる相殺の有無に直結する最重要の係争点である。

然るに、この点に関する原審判決は表現頗る瞹昧であつて真意を捕捉し難い欠点に満ちている、判決は「払下を有償とするか否か及有償とした場合に資材の相当な対価を協議決定すべき旨の暗黙の約定がなされた」と判示しているのは、不自然且不備な判示である。この判示は別に当事者間に本体たる払下契約(明示か黙示かは別として)が行われたことを前提として始めて意義を成すのである。この払下契約があつて始めて所有権移転原因が成立するのであり、判決の判示した暗黙の約定なるものはその単なる附滞条件を示したものであつて、それだけではいかなる意義においても所有権移転の原因たり得る約定ではない、然るに本体たる払下契約の成立とその認定の根拠を判示していないのは理由不備の判決である。

又判決は「右資材の払下契約はその法律上の性格は未確定であつた」と述べているが、同時に判決は「一月八日附の覚書によつて売買契約に確定した」と述べているところを見ると、当初払下契約はあつたけれども之れは売買とは定つていなかつたものの如くに見える。

又、判決は八月十八日性格不明の払下契約によつて所有権が原会社に移つたと解しているのか、それとも、一月八日の売買契約によつて所有権が移つたものと解しているのか頗る瞹昧である。最重要争点について明確なる判示を欠く判決は理由不備の判決である。

二、上告人は第一審以来一貫して工廠廃止に伴い資材を返還してもらつたものであると主張し、被上告人は当初は一月八日の覚書によつて売買契約が行われたと主張し、後に之を変更して八月十八日売買契約が行われたと主張し、第一審判決は八月十七日無因の物権契約によつて所存権が移転したと判示したのである。

原審判決がこの最重要争点たる所有権移転原因とその時期を明確にしていないこと前述の通りである、原審判決は「原判決の理由中右当裁判所の右説示するところと牴触する部分は右の通り訂正する」と述べているけれども、原審判決の意義明確を欠くため第一審判決の理由中どの部分がどう訂正されたのか全く不明であり理由不備の判決である。

三、仮りに、原審判決の意が八月十八日性格不明の払下契約によつて資材の所有権が原会社に帰属したというにあるならば、所有権移転の時期については上告人、被上告人、第一審、判決の判示と一致することとなる。

然し、法律上の性格の未確定な暗黙の約定によつて四億二千万円(今日の時価にすれば千数百億円)という尨大な国有財産の所有権か会社に移るなどということは法律観念上あり得ないことである、有償契約であれば売買であり、無償契約であれば贈与である。その債権原因がどんなものか不明のままに契約が成立し之れによつて所有権が移るということは法律上不可能のことであり、原審判決が排斥した第一審判決の無因の物権契約の構想でも復活させてこない限り説明し難いところである。

原審判決が若し八月十八日に性格不明の払下契約によつて所有権移転があつたと判示したのであるならば、明に民法、会計法、国有財産法の解釈を誤る違法の判決である。

(1)  最高裁判所昭和三十一年三月三十日の判決(民集一〇巻三号二四二頁)は、借地の一部を地主に返還し、他の一部の所有権を借地人に移転するという和解契約についてその地域を特定しえない場合には、目的物を確定し得ないから無効であるとしている。この理は、目的物ばかりでなく契約の要素をなす対価についてもあてはまることであつて、有償か無償か、有償の場合にその対価がいくらになるかを、その契約内容によつて確定し得ないような契約は、不成立ないしは無効といわざるを得ない。原審判決が、昭和二十年八月十八日の払下契約なるものについて、「払下を有償とするか否か、及び有償とした場合に資材の相当の対価を協議決定すべき旨の暗黙の約定」がなされたとしているのは、事実に反するばかりでなく、かくの如く中心内容を確定しえない契約を有効とするのは、右の最高裁判所の判例に反することが明らかである。

もつとも、原審判決は、「協議決定」によつて内容を確定しうると考えたのかも知れないか、何らの基準なしに単に協議するということでは、いまだその内容を確定しえない。内容を確定しうるというのは、当事者が協議に応じないときでも、裁判所に訴えてその内容を確定しうるというのでなければならないからである。

要するに、原審判決の記述からすれば、八月十八日の払下契約は、正式の契約以前の単なる話し合いか、あるいは内容を確定しえない無効な契約であつて、いずれにしても、かかるものによつて資材の所有権の移転があつたとすることは不可能である。

(2)  原審判決(リ)は「本件資材払下契約において前認定のように払下を有償とするか否か及び払下代金額を何程にするかは追て協定すべき旨の約定が会計規則上許されないものと解すべき根拠を見出すことができないから払下代金額を追て協定すべき旨の契約は控訴人主張のように違法のものとすることはできない」と判示している。若しこの判示に所謂「追て協定すべき旨の約定」の意義が払下契約の成立を前提とせず単に将来売買か贈与かの取極めをしよう。売買と定つた場合は代金の額もその時定めようという意味の申合せならば何等法律的効果を伴わない。雑談に過ぎないのであるから、それは会計法令に違反するところはない。

然し苛も、原審判決が何等法律的効果を伴わない雑談を判示の対象としたとは考えられないから、前記(一)に述べた通り本体たる払下契約が結ばれ、それに附帯してその払下を有償とするか無償とするか、有償とする場合の代金額は追て協定すべき旨の約定が行われ、それに基いて所有権移転が行われだもの、と判示したと解する外はない。

判決の意味を右のように解するならば、この契約は会計法令に違反すること寸毫の疑を容れない。会計規則第八十五条には各省大臣又はその委任を受けた官吏が契約をなさんとするときは契約の目的、履行期限、保証金額、契約違反の場合における補償金の処分、危険の負担、その他必要なる事項を詳細に記載した契約書を作成すべきものであり、同第八十六条によれば契約書には当該官吏記名捺印すべきことが規定されている。この第八十五条、第八十六条の法意から見て、有償か無償かも判明しないような払下契約、契約書を作成しない暗黙の契約が会計法令違反であることは疑問の余地がない。かような契約を適法とした原審判決は法令の解釈を誤るものである。

四、原審判決は(チ)に於て「控訴会社の工場の国営移管に際し行われた資材の売買契約を控訴人主張のように暗黙の契約としたのでないからその暗黙の認定をしたことを前提とする控訴人の主張は採るに足らない」と一蹴している。然し、判決(ニ)に於て、終戦後の払下契約は暗黙の約定であると認定している。暗黙の契約に対する、上告人の見解特に会計法令上暗黙の契約はあり得ないとする見解はこの場合もそのまま適用されるわけであるのに、依然として暗黙の契約に対する上告人の主張を黙殺しているのは審理不尽理由齟齬オの違法あるを免れない。

五、上告人は第一審の原告第六準備書面の第三、第七準備書面の二に於て八月十八日売買契約又は払下契約の行われなかつた事実とその理由を詳述した。原審判決の所謂払下契約なるものが売買を意味すると仮定するならば、次の理由によつて八月十八日売買契約は成立していない。有償か無償かも判明しないような契約は売買でなく又之によつて資材の所有権殊に国有財産の所有権が原会社に移転することのあり得ないことは民法、会計法の解釈上疑をいれない。仮に有償と決つたとしても、資材の相当な価格を追て協議するというようなことを申合せてそれによつて売買契約は成立するものではない。

所有権の移転と代金は売買契約の二要素であるから、これについて内容が確定し合意が成立するのでなければ売買契約は成立しないのである。

本件において、八月十八日代金についての合意の成立していないことは原審判決の認めるところである(判決(ニ))。代金の具体的な額は契約のとき確定することを要しないけれども、確定し得べき基礎について何等かの合意がなければ契約は成立しない。殊に物の性質上当事者間に改めて協定しなければ代金の定めようがないという場合には例えば後日協定すべきことの約款があつてもその時には売買がまだ成立しないことは学説の一致するところである。けだし、かかる場合に尚且売買の成立を認めるならば、代金は売買の要素でないという不都合な結論になるからである。本件資材の所有権の移転は昨日まで一ケ何十万円、何百万円の価値のあつた飛行機やその仕掛品、部品が今日は一片のスクラップと化する(飛行機の生産と使用が禁止されたから)という過渡期に行われたのであるから、有効な売買契約の成立するには当事者間に価格の協定を必要とする典型的の場合である。

現に本件資材の評価については原審判決も八月十八日の暗黙の約定に基いて昭和二十一年一月八日乙第四号証覚書をもつて払下を有償と定め且対価の金額算出の基準を協定し、更に同年五月頃までに対価の金額が協定されたと認めているくらいであるから、前年八月十八日に売買契約の成立する筈がないのである。従つて原審判決が八月十八日売買契約を意味する払下契約が結ばれ、それによつて所有権が原会社に移つたと判示したものとすれば、それは明らかに法律の解釈を誤つた違法の判決である。

六、若し、原審判決が昭和二十一年一月八日乙第四号証の覚書によつて売買契約が結ばれ、その時に所有権が原会社に移つたものと判示したものとするならば、それは判決目に於て昭和二十年八月十八日に行われた資材の払下に於て云々と述べているところと矛盾するのであり、理由の齟齬ある判決となるのである。

上告人は第一審に提出した原告第三準備書面第一の一乃至十一の十一項目に亘つて本件資材が終戦直後(翌年一月八日をまつまでもなく)原会社の所有に帰していた事実を主張し且之を立証した。之に対し被上告人も之を争うことができなかつたため、当初の一月八日覚書によつて売買契約を結んだという主張を変更し、八月十八日所有権が原会社に帰属したことを認めるに至つた。第一審判決も原告第三準備書面第一の主張を認め、資材の所有権は終戦直後原会社に移つたことを判示したのである。ただ所有権移転の法律原因については上告人の返還説、被上告人の売買説、第一判決の無因の物権契約説と三つに岐れていたに過ぎない。第一審判決は理由(三四)に於て当事者に争いなき事実として「(ヘ)太平洋戦争の終結に伴い第一軍需工廠の保有していた資材等の所有権は第一、第二各軍需工廠長官あての軍需大臣通牒(乙第六号証)に基く同年八月十八日附の第一軍需廠工長官の原告社長宛の通牒(甲第六号証)によつて原告へ移転されたこと」と述べている。又第一審判決理由(四七)は(前略)「借受物件である工場施設の返還と同時に資材等の占有を原告に移したのであるが後者の所有権がこの両通牒によつて原告に移転したことは前示1(三四)(ヘ)の通り当事者間に争がないのである」と前の認定を繰返している。この第一審判決(四七)の中「ただこれらの物件はもと原告所有の工場に施設されたものであるか、または原告の所有に属したものであるから工場施設に対する使用が廃止されたと同時にこれらを特定の公の目的に使用する必要が消滅し公用廃止によつて公物たる性質が失われ私法上の所有権の客体として国有財産法の制限に従い主として民法の支配を受けるに至つたものである。すなわち前示大臣通牒はみぎ物件の公用廃止の決定を前提としたものと推認できる」という箇所だけを原審判決が削除しているのであつて、前記当事者間に争いがないという理由中の認定はそのまま原審判決が引用しているのである、然らば、原審判決は当事者間に争いなき事実をその反対に認めた違法がある。

又前述の通り、原告第三準備書面第一の一乃至十一には資材の所有権が翌年一月八日前に既に原会社に帰属していた事実を挙げて之を立証した。

その十一項目の中二、に於ては降伏文書調印の際の指令第一号によつて一切の戦争用資材を報告すべき義務を政府に課しているのに、政惰は本件資材について一切報告しなかつた。これは当時本資材は既に原会社に返還されて国有でなかつたからであるという趣旨を述べている。又三、に於てはあらゆる戦争用資材を占領軍に引渡すべきことを命ぜられたのに政府が本件資材を引渡さなかつたのは原会社所有であつたことを認めたからであるという趣旨を述べている、又九、に於ては昭和二十一年一月八日当時は国有の軍需物資は処分を禁ぜられ占領軍に引渡すことを命ぜられていたものであり、占領軍から改めて政府に引渡されたものについては内務省が唯一の保管並に処分の機関として指定されているので商工省当局には払下げの権限がなかつた。従つて、一月八日附商工省整理部長の署名した覚書か売買契約書である筈がないという趣旨を述べている。又原告第五準備書面の第二は商工省整理部長が昭和二十一年一月八日付の証明書甲第十八号証によつて本件資材が終戦と共に政府から原会社に引渡されたものであつて、爾来政府の所有でないことを公文書によつて占領軍宛に正規に証明した事実を明にしている。

又一月八日の覚書は、終戦直後資材の所有権が原会社に移転したものであることを確認し、その経理的整理方法を具体的に協定した趣旨の文書であることを原告第六準備書面において詳細に立証した。

之は第一審判決(一四)中に覚書の本旨として引用されている。又この覚書の本質が上告人主張のような確認書であつて権利創設の効力ある契約書でないことは、覚書作成に関与した被告人申請の証人根本祐隆が裁判長の問に対し明瞭に証言したところである。ただ第一審判決は所有権移転の時期に関し完全に上告人の主張を認め、又当事者間に争なき事実と認定したので右原告第三準備書面第一に述べた主張や証言については格別の審理も判示も加えていないのである。

若し、原審判決が第一審判決と異り一月八日の覚書を以て売買契約なりとし、この時に之によつて所肩権が移転したと判示するが為めには、前記原告第三準備書面第一の乃至十一項の主張と立証に対し又原告第五準備書面第二並に原告第六準備書面第二の一月八日附覚書の本質に関する主張及び立証に対し改めて審理を加え上告人主張の採るべからざる理由を明にした後でなければならない。然るに、原審判決はこの点に何等触れるところがないから一月八日の覚書によつて所有権が移つたと判示したとするならば、その判決は審理不尽理由不備の違法ある判決である。要するに、終戦後の資材の所有権が原会社に移つた法律原因を払下又は売買であると判示した原審判決は所有権移転時期を昭和二十年八月十八日とするにせよ、昭和二十一年一月八日とするにせよ、共に違法の判決である。

第八点本件資材の所有権が終戦時乙第六号証の大臣通牒と之に基く甲第六号証の工廠長官の通牒によつて原会社に移転したものであることは当事者間に争いがないと判示されている(第一審判決四七。)上告人はこれらの通牒は単独行為であつて契約ではないと主張した(控訴人第四準備書面第二の一)。然るに原審判決がこの通牒を離れ別に払下契約又は売買契約が行われたと判示したのは右第一、審判決の判示と矛盾する理由齟齬の違法がある。

又上告人の主張した単独行為であるという点について審理不尽の違法がある。

一、原審判決は(に)に於て「右払下契約の基本となつた昭和二十年八月十七日付軍需大臣の通牒云々」といつているところを見ると、右通牒とは別に払下契約が行われたと判示しているものの如くである、然らば原審判決が引用する第一審判決の「本件資材の所有権が乙第六号証の大臣通牒と甲第六号証の工廠長官の通牒によつて上告人に移転したものであることはは当事者間に争いがないという」判示(第一審判決四七)と矛盾し、理由齟齬の判決である。

二、若し、原審判決が右当事者間に争がないという第一審判決の判示を訂正しているならば右の矛盾は免れることができる。然し右のような第一審判決の判示があつた後に於て、原審に於て被上告人は右通牒によつて資材の所有権が上告人に移つたものであるという前記第一審判決の判示に異議を唱えていないのである。然らば原審に於てもこの点当事者間に争なきことは明である。当事者間に争なきことを反対に判示したとすれば、その点で違法の判決たるを免れない。又かく反対に判示した理由の開示がないから理由不備の違法ある判決である。

三、原審判決(に)は乙第四号証を根拠として、昭和二十年八月十八日に当事者間に払下を有償とするか否か、及び有償とした場合に資材の相当な対価を協議決定すべき旨の暗黙の約定がなされたと判断しているけれども、これは乙第四号証の解釈を誤るものであり、乙第四号証は右のような判断の証拠となり得る文書ではない。この点で証拠の採用を誤つた違法がある。

判決の誤りは乙第四号証中の払下の語をもつて払下契約(又売買契約)の意と独断したことに発している。第一審に於て、乙第四号証中の払下の意義に関し上告人は所有権移転の意義であると主張し、被上告人は売買の意であると主張し、第一審判決は上告人の意見に賛して売買説を排除したのである。原審判決はこの払下を契約と解し、しかも有償か無償かも判らないような契約と解しているが、かような契約の有効に成立し得ないことは前述の通りである。之に反して所有権移転の意思表示と解するならば、これは単独行為であつて内容に於て疑義を存しない。

ただ覚書に於て「払下は有償とし」と表現したのは控訴人第四準備書面第三〇一に述べている通り、資材の返還された限度に於て国営移管に当り資材の接収に伴い国の負担した債務額からそれだけ控除して上告会社に不当利得なからしめることを明瞭にしたものに外ならない。即ち贈与でないことを表明したに過ぎないのである。覚書をかように解すれば原審判決のように八月十八日に性格の不明な暗黙の約定などを想定する必要がなくなるのである。

四、甲第六号証の工廠長官の通牒が所有権移転原因たる意思表示として明確を欠くとしても、これのみが唯一の物的証拠であり第一審判決もこれによつて所有権が移転したと認定したほどであるから、先づ以て之を基本として合理的解釈を下すのが順序であり、その場合、この通牒が一方的意思表示であるという特徴を重視しなければならないのである。

終戦時国の単独行為によつて資材の所有権の移転が行われたと解すべき根拠は多々ある。之れは原告第三準備書面第二の一乃至三に詳述した通りである。この点につき原審判決は独自の判断を下していないがその訂正引用にかかる第一審判決はこれらの単独行為説をすべて排除し証拠のない契約説に飛躍しているのであり、その判示は法理を誤り理由不備の違法がある。先づ

(1)  工廠廃止のときは資材も含めて工場を一括して返還するという諒解がありこの諒解に基いて資材が返還されたのであるという原告の主張に対し、判決(五五)は「工廠に資材等の残存するものがあれば経営を原告に返還すると同時に何らかの措置を講じて之を原告に振向けることが国営移管の関係者間に予想されていたものと解される。しかし前認定の売買契約に於て右の予想という程度を超えてこれを契約の内容として合意しにと認めるに足る証拠はないから結局この予想は契約締結の縁由であるに止まつたものと解するを相当とする」と判示している。この判示に対し上告人は控訴人第四準備書面第二の四に於て「当初国営移管のときの売買契約さえも暗黙の契約であると判決か判示している位であるから(原審判決は明示の契約であるといつているけれども明示の契約でないことは前述の通り)、返還の場合のことだけ明示の約款の存する筈がない、と反駁したのに原審判決はこの反駁に対し判断を下していない。この点で審理不尽の判決である。又原判決は契約の内容として合意したことを認めるに足る証拠はないと述べているが、この点について相互諒解のあつたことは原田貞憲、太田輝、崎谷金二、岩崎健彦、山本昇、牛山雅夫等多数の証言があり、第一審判決も原審判決もこれ等の証言の信憑力を否認していないのであるから、この点で判決は証拠の採用を誤つた違法がある。

(2)  契約の解除によつて国が資材の所有権を原会社に移転したものであるという上告人の選択的主張に対し、第一審判決(五五)は「原告主張のように残存資材か原告に引渡された限度に於て当初の売買契約を解除する方法による整理が時宜に適したものであつたかも知れない。

しかし「終戦後の資材の所有権の移転に際して被告らの主張する売買についての暗黙の合意の成立が認められないと同様に契約解除についての合意を認めるに足る証拠はない」と判示している。しかし、原審判決は資材の所有権の移転原因を黙示の払下契約と判示したのである。黙示というのであるから証拠のない点では契約の解除の場合と甲乙がない。又第一審判決は工廠長官は契約解除をする根拠がないと述べているけれども、控訴人第四準備書面第二の五で述べた通り、工廠廃止となり国有の資材についてその処分権が工廠長官に白紙で委任されたと第一審判決が判示する位であり、又原審判映が工廠長官の無償譲渡する権限をも是認したほどであるから常識的処理方針である契約解除のできないはずがない。

要するに、前述の通り第一審判決が工廠長官の通牒によつて資材の所有権が移転したと認定したほどであつて、別に払下や売買の証拠があるわけではない。そこで、直ちに契約説に飛躍、することなく先づ以て工廠長官の通牒自体に所有権移転の法律原因を探求するのが順序である。そして仮りに、工廠開設時の資材移転原因を売買であるとした場合に於ても、猶且つ工廠長官の一方的意思表示によつて所有権の移転が行われたと解するに足る法律構成はいくつも考えられること前述の通りである。この点につき原審の判決は審理不尽理由不備の違法を蔵するものである。

第九点原審判決は乙第十八号証と証人寺門英の証言によつて臨時軍事費特別会計で相殺額の歳入納付を行わず定額戻入により歳出予算に繰入れることが一般に行われ本件資材の原会社から政府への買上代金とその政府から原会社への払下代金との相殺も又右に従つて行われたものであると判示しこれによつて会計法令上相殺の場合に要求されている手続の不実行を合理化しようとしたのは証拠の内容を誤解したものであり証拠の採用を誤つた違法がある。

一、乙第十八号証は「戻入を要すべき概算、前金払額、原材料売払代金」を合計したものと他方「納入品代金」とを相殺することを通告したものであつて、これは原審判決のいうような異例の措置の例となるものではない。乙第十八号証に所謂「戻入を要すべき概算」とは他の過誤払等を原因として原会社から国に納入すべき義務額として予定されている戻入額を意味するものであることは疑を容れない。然るが故に原会社の国に対する義務額として前金払額や原材料売払代金と同列に扱つているのである。然るに、本件訴訟に於て問題になつているのは、相殺が行われた場合、その相殺額の歳入納付を行わず歳出に定額戻入するという違法又は異例の措置が行われたかどうかという点であり、乙第十八号証商工省整理部の通牒はこの点には触れてはいないのである。

原審判決の判示の趣旨に役立たせるにはこの通牒の表現が「納入品代金は前金払額及原材料売払代金と対等額を相殺支払致すべくその相殺額は歳入納付を行はず歳出予算に定額を戻入する」と変更されていなくてはならない。両者の意義が全然異るものであることは多言を要しない。

この点についての証人寺門英の証言にも「物品売払代金などについては戻入を要すべき只今のような債権との間で相殺して処理するということを定めたものである」と述べ、その相殺額をどうするか、定額戻入によつて処理するかどうか、ということには触れていないのである、要するに原審判決は定額戻入という文字に惑わされて証拠の意義を誤り証拠の採用を誤つたものである。

二、原審口頭弁論調書によれば、証人寺門英は通商産業省の一理事官(特別任用令で判任官を優遇して高等官とした地位)であつて責任ある支出官とか歳入徴収官とかの任務についたことがなく、その補佐役に過ぎない、そういう人の証言が臨時軍時費特別会計の運用全般についての信憑力を欠くこと明である。又寺門証人は「ところが臨時軍事費特別会計においては同会計に属する債権債務について相殺が行われた場合にはこのような一般的な手続はとられておりませんでした、これは昭和二十一年四月一日以降からのことで会計検査院及大蔵省との間の諒解を得て予算を有効に使用するために本来ならば歳入に納付すべきものを臨時軍事費特別会計にくり入れて良いということになつたからです」と証言しているけれども、寺門は控訴代理人の問に対し「昭和二十年四月以降は大蔵省会計検査院の了解を得て会計手続について便宜手段をとるようになつたと述べましたがそれは私の前に収支関係を担当していた難波陸軍主計少佐からききました」と答えている。

即ち原審判決は信憑力なき伝聞証言を採用した違法がある。

三、寺門証人は本件の場合定額戻入の異例の措置がとられたかどうかということについては何等証言していない。又乙第十

八号証(その本質が本件の証拠たり得ない点は別としても)について寺門証人は「関係会社の中には当然控訴会社も入つていると思いますが私は直接書類を作成し発送したのではなく又そのことの書類も残つていないので、はつきり申上げることはできません」と証言している。要するに、定額戻入という一般の慣行の有無は別として、本件の場合に定額戻入の措置がとられたということについては乙第十八号証も寺門証人の証言も何等立証するところがない。然らば原審判決が「乙第十八号証と寺門証人の証言によつて本件資材の控訴会社から政府への買上代金と、政府から控訴会社への払下代金との相殺もまた右によつて行われたものである」と認定したのは、証拠の採用を誤つた違法の判決である。

第十点原審判決は(ほ)に於て「臨時軍事費特別会計においで臨時軍事費の支出を軽減し予算の効率的運用をはかる趣旨から相殺額の歳入納付を行わず定額戻入により歳出予算に繰入れることが一般に行われ、本件資材類の控訴会社から政府への買上代金と、その政府から控訴会社への払下代金との相殺も又右に従つて行われた」ことを判示していると同時に、(ぬ)において「又返納金に関する控訴人主張の手続は畢寛現実に返納金の受授の行われる場合を予想した。

制度であつて返納金の現実の授受の行われない相殺の場合にはその必要のないものであり、従つて本件の相殺に右手続が行われなかつたとしても之が右相殺が無効となるものではなく、右定額戻入の手続が行われなかつたことを以て前記認定を覆すべき資料とすることはできない」と判示している。

右(ぬ)に於て「控訴人主張の手続とか」「右手続」とかいつているのは、定額戻入及び之に随伴する会計法令上の手続を指すものであることは疑ない。然らば、(ほ)に於ては、本件の相殺も定額納入の手続によつて行われたと判示し、(ぬ)に於ては、本件の場合定額戻入の行われなかつたことを判示しているのであつて、典型的理由齟齬の判決である。なお原判決はこの点に関連し、次のような幾多の違法を併せ包含している。

一、上告会社と国との間に資材の所有権移転に関連して債権債務の相殺が行われたかどうかは、直接本件課税の当否を決定するキイポイントとして第一審以来係争の核心であつたのである。上告人は相殺の行われなかつた一つの証拠として会計法令上相殺の場合に定められた手続の実行されていない点をあげ、之に対し被上告人は臨時軍事費特別会計の一般の慣行に従い相殺の場合定められた処理を定額戻入によつて片つけたものであるとして、正規の相殺手続不実行の弁明をしてきたのである。

控訴人第四準備書面第三の九で述べたように、旧会計法(第三十条)に於ても現行会計法(第九条)に於ても返納金に限つて歳出の金額に戻すという定額戻入の制度を認めている。返納金というのは誤払過渡の返納を意味する。即ち過失によつて義務なき支出をした場合の訂正の手続である。即ち定額戻入は返納金による歳出予算の復活であるから、返納金はもともと歳出に淵源し、それと同一体のものであることを前提とする。然るに、本件の場合の相殺というのは、国営工廠設立時の会社所有資材の(被上告人の主張によれば)買上代金と終戦時の国有資材の(被上告人の主張によれば)払下代金との相殺であつて、両者は各独立する別個の債権であり、同一体でないから返納金という観念も、戻入の手続も発生する余地がないのである。

又国の物件購入代金と物件売払代金との相殺額について歳入の納付を行わず歳出の定額戻入だけですますというようなことをすると、例えば物件売払代金納入済の会計法令上の証拠がなくなり会計事務の正規の処理が不可能となるのであつて、いかに便法と錐雖もかようなことの認められる筈がない。即ち原審判決は法律上不可能なことを事実と認定した違法がある。

二、被上告人は第一審以来相殺の歳入紺納付を行わず定額戻入の手続によつて歳出予算に繰入れ処理するという一般の慣行に従い、本件の場合もそのように処理したのであると主張しつづけてきた、然るに、原審の最後の段階において、昭和三十一年三月十四日付準備書面の四で第一審以来の右の主張を一擲して「本件の場合相殺残額についてのみ歳出予算支出又は歳入納付の手続をとり相殺額については歳入歳出両面の手続を全く放置する処理をとつたのである」と、訂正するに至つたのである(上告人はかような事実もなかつたことを主張したのに対し被上告人の立証はなかつた)。原審判決も上告人被上告人主張要約の(九)でこの被控訴人最後の主張を被控訴人の主張として掲げているのである。

被上告人がかように変説した理由は、相殺の場合を定額戻入で処理するということは法律上不可能であると共に、本件の場合定額戻入の行われていないことを認めたことにあるのである。然るに、原審判決は被上告人自身主張を抛棄した事実を拾いあげて判定した違法がある。又原審判決が認定の根拠とした乙第十八号証と証人寺門英の証言は証拠力なきものであること前述の通りである。

三、第一審判決(五七)は相殺額の歳入納付を行わず、定額戻入により歳出予算に繰入れるという手続に違法はないと判示した。原審判決はこの第一審判決の理由を(公知の事実であるという点は削除しているからその点を除き)引用しているのであるが、仮りにかかる手続がとられたとすると会計法第九条支出官事務規程第二十五条に違反するものであり、判決は法令の解釈を誤つたものである。第一審判決はそれが一般の慣行であること、会計検査院が承認していたことを以て、違法性除却の根拠としているが、何れも証拠に基かない独断であつて事実に反する。仮りに事実としても違法性除却の根拠たり得るものではない。

四、本件のこの最重要争点に於て問題となるのは、相殺の場合を定額戻入で処理するという一般慣行があつたかどうかという点ではなく、本件の場合にさような変則な処理が行われたかどうかという一点に帰するのである。本件の場合さような手続が行われたことが立証され、それと同時にそれが一般の

慣行であつたことが立証されれば、本件の違法の罪が幾分軽減されるというに過ぎないのである。若し相殺の場合を定額戻入で処理するという一般慣行が成立しているのに、本件の場合、定額戻入の手続がとられていないとなると、そのことは直ちに相殺の行われていないことの反証となるのであつて、第一審及原審判決の根拠が覆るのである。

控訴人第四準備書面の第三の九及第五準備書面の四で詳述した通り、支出官が歳出の金額に戻入しようとするときは返納者に対し返納告知書を発しなければならない(旧会計規則第八十二条)。之に基いて返納者から日本銀行に対し返納手続をしなければならない。然るに本件の場合、返納告知書が原会社に交付されていない。所謂払下資材代金四億二千万円を返納するにはその金を前に受取つて、それを返納する場合でなくてはならない。しかし、一月八日の覚書に相殺と協定する位であるからその前に支払の行われなかつたことは明白である。従つて会社が之れを返納する理由もなく返納に要する四億何千万円という大金を持合せる筈もない。会社から返納手続がしてないから日本銀行も旧会計規則第八十三条の命ずる支払予算復活の手続をしていないし、支出官に対する通知、返納者に対する領収書の発行という手続も実行していない。

上告人は、原審において、斯様に事実に基き法規に照して本件の場合、定額戻入の行われていないことを主張したのである。

立証責任ある被上告人は何一つ定額戻入実行の事実を立証することができなかつた。そして被上告人はこの点の上告人の主張を争うことができなかつたので、原審の最終段階において当初からの主張を変更するに至つたこと前述の通りである。

原審判決はこの点の上告人の主張について何等の審理を尽さず判決したのは審理不尽理由不備の違法がある。又原審判決は乙第十八号証と証人寺門英の証言を根拠として相殺の場合定額戻入によつて処理した一般慣行があり本件の場合もそれに従つたものであると判示したけれども、この二つの証拠は本件の場合定額戻入の手続がとられたことを証明していないこと前述の通りである。寺門証人は伝聞証言で一般慣行のあつたことを述べているが、若し一般にそういう慣行があつたという理由で本件の場合も然りと断定したものとするならば、恰も世間に盗人が多いから汝も盗みをしたものと認めると断定したと同じ誤りを侵す理由不備の判決である。

五、原審判決は、(ほ)において一般の慣行と同様本件の場合も相殺額を定額戻入によつて処理したと判示している。然るに同じ争点について(ぬ)で判示しているところは支離滅裂その意の存するところも解するに苦しむ。判決は「当然裁判所か(ほ)に於て認定したところは右の制度(定額戻入の制度)を前記資材の買収代金とその払下代金との相殺に利用したというに外ならない」「返納金に関する控訴人主張の手続は畢寛現実に返納金の授受の行われる場合を予想した制度であつて返納金の現実の授受の行われない相殺の場合にはその必要のないものであり、従つて本件の相殺に右手続が行われなかつたとしてもこれがため右相殺が無効となるものではなく右定額戻入の手続が行われなかつたことを以て前記認定を覆すべき資料とすることはできない」と判示している。

原判決は(ほ)の認定は右の制度即ち定額戻入の制度を相殺に利用した意味であると註釈を加えている。利用したというのは、この制度即ち定額戻入を実行したという意味に外ならない。戻入というのは、一旦落した歳出予算を復活するという意味である。若し本件の場合、定額戻入の手続がとられていないとすれば原判決の所謂利用とはそもそも何を意味するのか全くナンセンスに帰するものである。即ち理由不備の判決となる。

原審判決は(ほ)に於て「臨時軍事費特別会計に於て臨時軍事費の支出を軽減し予算の効率的運用をはかる趣旨から相殺額の歳入納付を行わず定額戻入により歳出予算に繰入れることが一般に行われ本件資材の控訴会社から政府への買上代金と政府から控訴会社への払下代金との相殺も又右によつて行わわれたものである」と判示している。右によつて行われたとは、定額戻入の手続を指すこと疑を容れない。

定額戻入により歳出予算に繰入れ歳出予算を復活するのでなければ臨時軍事費の支出を軽減し、予算の効率的運用をはかることにならないのである。然るに、原審判決は(ぬ)に於て「返納金に関する控訴人主張の手続(返納金納付、歳出予算復活その他の一連の手続」は畢寛、現実に返納金の受授の行われる場合を予想した制度であり、返納金の現実の授受の行われない相殺の場合にはこの必要のないものである」として本件の場合、定額戻入の手続のとられなかつたことを弁護しているのである。世上これくらい矛盾撞着に充ちた判示があるであろうか。相殺の場合は返納金の授受がないから定額戻入の手続はしなくてもよいというのは、とりも直さず、相殺の場合を定額戻入で処理することの不可能を自白するものに外ならない。

要するに原審判決は(ほ)に於ては「相殺額の歳入納付を行わず定額戻入により歳出予算に繰入れることが一般に行われ、本件の相殺も又右に従つて定額戻入によつて処理された」と判示し、(ぬ)に於ては相殺の場合には現実に返納金の授受がないから定額戻入の手続が取られていないのが当然である」という趣津の判示を下している。

これは理由の齟齬ある判決の典型というべきである。

第十一点原審判決(と)が、本件資材払下契約は制限会社令に所謂通常業務に属するものと判定したのは、連合国最高司令部の通牒に基く制限会社令の解釈を誤つたものであり、そのために昭和二十一年一月八日資材の売買契約が行われたという誤つた判示に到達したのである。

制限会社令は司令部の覚書に基き財閥関係資産の凍結を目的としたものであつて「通常業務」の意味もその趣旨から解さなくてはならない。その点からすると通常業務とは、会社を維持

するための通例の最少限の業務の意であつて一切の異例の取引には許可を要するという趣旨である。通常か異例かは例えば物の買入については物の性質と取引の分量から判断する外はない。

而して本件資材中に船舶を包含することは裁判上明となつているが、占領軍の転換許可によつて、業務の範囲が自動車ボデイ、自転車、スクーター、農機具に限定されている点から見て、船舶を買入れることは通常の業務でないこと明である。

又四億二千万円という金額は会社資本金の八倍以上であり、今日の物価に換算すれば千数百億円に該当する。転換許可を得た業務に使用するとすると何十年かかつても消費しきれない分量である。かような莫大な気材を購入することが異例の取引であることは常識上も又覚書の趣旨から見ても疑を容れないところである。

第十二点原審判決は「訴訟費用は第一、二審を通じて三分しその一を控訴人の負担、その余を被控奇人の負担とする」と判決したのであるが、昭和三十二年十二月二十八日に至り判決更正の手続により「その二を控訴人の負担、一その余を被控訴人の負担とす」と変更した。

しかし、民事訴訟法第一九四条は「判決に違算、書損その他之に類する明白なる誤謬あるとき」に限り更正決定を許しているのであつて、本件のように判決の内容を変更する場合に適用すべき規定でない。従つて違法の判決として破毀すべきである。

第十三点もと中島飛行機株式会社の工場の国営移管と之に伴う資材所有権移転についての上告人の主張の要旨を述べれば左の通りである。すなわち、同工場は、昭和二十年四月一日使用令書及び供用令書の令達により、第一軍需工廠に移管され、同工場の原料、仕掛品等の一切の資材は、右移管により国が所有権を取得し工廠の用に供することとなつたものであつて、国は売買によりその所有権を取得したものではない。右移管後同年七月に至り国と中島飛行機との間で売買に関する契約書が作成されたことがあるが、これは、資材等の移転に対する損失を補償するための便宜措置に過ぎないものである。然るに、原判決は、資材等は、工場施設及び従業員の移管と同時に行われた当事者間の売買に因り、国がその所有権を取得したものであると判示して、上告人の右主張を排斥した。然れども、右判示は、判断遺脱及び審理不尽の違法あるものである。

(一) 原判決は、その理由として、

閣議決定は、いわゆる民有国営方式の大本を定めたものであり、工場施設の使用及び従業員の供用について、国家総動員法第十三条、工場事業場使用収用令による命令を用いることを示した外、他によるべき具体的手続、殊に、経理的措置(資材等の取得のための措置を含む)の内のすべてを軍需省当局に一任した(原判決が引用する第一審判決「三六」以下之に做う)。

この案件の主管部局の一である同省航空兵器総局経理局においては、閣議請求前からの調査研究により、原告工場が生産活動しているままの状態において、その事業を一丸として国営に移すための実施策として、昭和二十年三月初旬に「第一軍需工廠設立に関する経理関係事務処理要領」の名の文書において、原告工場の国営移管のために、また移管後にとらるべき経理措置一般についての軍需省の具体的方策を確定した(「三七」)。

みぎ処理要領の内容は、多岐にわたるが、主なるものは、国営移管の措置として、工場に属する土地建物、機械施設等に対する損失補償を使用料名義で支払うべきこと、並に、使用料算定要領及び使用資産の引継要領等について定めた外、使用令の発動に伴う措置とは別に、原告所有の原材料、仕掛品等を、すべて原告会社との契約により、帳簿価額をもつて買上げる意図を明確にし、且つその前提において処理すべき事項を定めたものである(「一二七」)。

と判示している。右判示によれば、閣議決定は、民有国営方式の大本を定めたものであり、使用令及び供用令の命令を用いることを示した外、他によるべき具体的手続、殊に経理的措置(資材等の取得のための措置を含む)の内容のすべては軍需省当局に一任され、軍需省当局は、昭和二十年三月初旬「第一軍需工廠設立に関する経理関係事務処理要領」なる具体的方策を確定したものであると云い、「すなわち、同局長は、みぎ総局内の経理担当官として、前示原材料、仕掛品等の売買契約案による買収案を決定した(「三七」)というのである。すなわち、閣議決定は、使用令及び供用令の発令を示しただけであつて、原材料及び仕掛品等の取得については何等触れることなく、その決定は軍需省当局に一任され、軍需省当局は、中島飛行機との売買契約により買収すべき方策を確定し、買収案を決定したものであるというに在る。

(二) 然れども、民間航空機工場の国営移管は先づ軍需省航空兵器総局の議に上り、最も難点として論議されたことの一つは、原材料、仕掛品等の尨大な資材を、工場企業中現状有姿の儘毫も操業を停止することなく、如何にして入手移管するかということであつたのである。この点から、局内に国営移管反対の論が行われたのであるが、慎重討議を尽した結果、国家総動員法に基く工場事業場使用収用令による使用令及び供用令を用いて、工場を物的及び人的に一体として国営に移管し得ること、移管に係る資材等に対しては、別途経理措置として、当該会社の帳簿に基きその数量価格により損失を補償すること及び国営解除の際は、資材は工場とともにそのまま帳簿価格により原会社に復帰する形態をとること、という成案に達し、総局長官はこの成案を採用して、閣議を禀請したものである。このことは、上告人が第一審以来極力主張して来たところである(原判決事実摘示、控訴人第一準備書面第一の一二、同第二準備書面第一の項参照)従つて、国営移管に当り、使用令と供用令の発令により工場は生きた有機体としてその儘国営に移管され、資材等も当事者間の合意による契約に因ることなく、そのまま移管取得されることの基本方針が局内において審議確定したので、これにより閣議が稟請されたものである。果して、上告人の主張する如き国営移管の基本方針が総局内において討議確定されて、閣議が禀請されたものであるかどうかは、本件資材が国営移管の使用令及び供用令の発令により移管取得されたものかどうか、を判断するに重大なる影響を有するものであることは言を俟たない。蓋し、上告人の主張の如き事実があつたものとすれば、閣議はこの線に沿つて稟請されて決定されたものと解すべきが当然であるからである。

又右昭和二十年二月二十七日の閣議決定後同年三月初旬に定められたという経理措置要領に所謂資材の買収方式は、果して売買であるか、或は上告人の主張する如く、移管取得に係る資材に対する損失補償の一形式であるかの判断に重大な影響を有することも言を喉たない。然るに、上告人の主張に係る叙上重要事実には全然触れることなく、閣議決定は、工場施設及び従業員について、使用令及び供用令を用いることを定めたに止るものとし、資材の取得は閣議決定後総局内において確定された資材買収の方針によるものであるかの如く判示した原判決は、判決の結果に影響を及すべき上告人の主張事実の判断を遺脱した違法あるものと云わなければならない。

(三) 原判決が更に、前記判示の理由の一として掲げるところは、すなわち、工場事業場使用収用令の解釈上、原料、仕掛品等は使用令の対象となり得ないものとし、又使用令の法律的効果の限界については、固定資産と流動資産の収用とを一の行政処分によつて達し得るような考慮は、総動員法の交案に際して、めぐらされていないものであるとし、私企業の国営移管という経済的目的の達成が念願されたことは、相違ないとしても、この経済上の終局の目標に目を奪われて、法律制度としての使用令及び供用令の本来の効力を過大視し、それが前示所期の経済的目標に添う全法律効果を支配できると考えることは、第一に、法律の解釈論として、これを許すことができない。そうして、第二に、事実認定の問題として、使用令及び供用令のほかに、売買契約という法律形式の成立を肯定できる証拠資料が存する云々というに在る(「四二」)。

(四) 原判決は、法律の解釈論として、法律制度としての使用令及び供用令の本来の効力を過大視し、それが前示所期の経済的目標に添う全法律効果を支配できると考えることは、これを許し得ないとするものであるが、これは、先づ自己の法律解釈論を立て、当事者の主張事実がその解釈論に適合するのでなければ、かかる事実はあり得ないとするものに外ならない。

然れども、先づ事実の存否は、法律解釈論に適合すると否とに拘らず、事実として存在するのである。この事実の存否を判断して、始めて法律適用の解釈論が働くのである。原判決は、事実存否の判断と法律適用との主客を顛倒するものであつて、謬れること甚しいものと云わなければならない。使用令及び供用令の本来の効力を前示所期の経済的冒標に添う全法律効果を支配し得るものと考えることは、仮令原判決の解釈論に添うものでないとしても、かくの如く考えて処理したということは、事実として存在を許されないものではないのである。原判決は、総動員法の立案の際の考慮を云々しているが、法律の解釈は立法者の意思に拘束されるものでなく、時代の要求に応じて生長的解釈が許されるのである。航空兵器総局が、国営移管の現実の要求に適応するため、使用令及び供用令の効果は、私企業を一体的として国営に移管する如き場合には、資材等にも及ぶものと考え、之れに従つて処理したとしても、決してこれを非難すべきことではない。

上告人は、第一審以来、使用令及び供用令の令達により、両者相俟つて会社の製造事業をその操業状態の下に現状有姿のまま、即ち、資材類も工場と共に一括して、令達と同時に、第一軍需工廠の経営に転換する目的と意思を以つて且つ此の目的と意思とを当然達成するものとして、政府之を令達し、会社もその趣旨においてこれを受領したものである、との事実を主張し来つたものである(原判決事実摘示、控訴人第一準備書面第五項)。

上告人は、総動員法の法令をかく解釈すべしと主張するものでなく、かくの如く事実は行われたものであることを主張したものである。然るに、かかる事実があつたかなかつたかを審理判断することなく、法律の解釈上恰もかかる事実の存在は許されないものの如く判示したのは、理由齟齬の違法あるものと云わなければならない。又原判決は、第二に売買契約という法律形式の成立を肯定できる証拠資料が存すると判示しているが、上告人は資材等の国営移管取得については売買の形式で損失を補償することが方針とされ、この方針に添うため売買契約書が作成されたものであることを主張したのであるから、先づかかる方針が事実存在したかどうかを判断すべきである、原判決は、工場施設の使用による損失補償については、使用料名義で支払うべきことが処理事項として定められたと認定している(「三七」)。使用料名義とは使用貸借契約による使用料ということである。然れども、かかる使用貸借契約は全然存在しなかつたのである。彼此考覈するときは使用料名義と云い、買収代金というも、損失補償の便宜的措置であることが自ら領得せらるべきである。

(五) 要するに、原判決は、上告人の重要な主張事実の判断を遺脱し、理由齟齬の違法あるものであつて、破棄せらるべきものである。

第十四点

(一) 原判決は、理由の(二)において、終戦時、第一軍需工廠の資材等の所有権が原会社え移転したこと及び乙第四号証覚書の趣旨に関し、左の如く判示している。すなわち、資材については努めて民需に振向ける如く処理する様指示したに止り、昭和二十年八月十八日には当事者間に払下を有償とするか否か、及び有償とした場合に資材の相当な対価を協議決定すべき旨の暗黙の約定がされ、従つて右資材の払下契約は当初その法律上の性格が未確定であつたところ、昭和二十一年一月八日の覚書によつて政府から資材を控訴会社に完渡し、控訴会社がこれに対し資材の対価即ち代金を政府に支払うことを約した売買に確定したものと解すべきである、というのである。

(二) 然れど、第一軍需工廠の資材等の所有権を原会社え移転したのは政府所有軍需物資の単純な処分ではない。終戦時、第一軍需工廠長官が軍需大臣の通牒に基いて資材全部の所有幡を原会社に移転したのは、原会社の工場経営を国営に移管して工廠が設立された際、関係当事者間において、工廠廃止のときは、一の企業体として工場機械と共に資材を一括して原会社に返還すべきことが諒解されてあつたので、この諒解に基いて、工廠長官が原会社に資材を工場の施設と共に一括して全部返還したのである。而も、返還当時、移管資材等の補償は全然為されていなかつたので、当然資材返還の限度において補償の額は減縮さるべきものであり、乙第四号証の覚書はこの資材返還の経理措置を為したるものに過ぎないのである。これ、上告人が第一審以来主張し来つたところであつて、原判決の摘示、上告人提出の原審準備書面殊に第四準備書面の第一の部及び弁論の全趣旨に徴し明かである。

(三) すなわち、終戦時、工廠の資材の所有権が、原会社に移転され原会社に復帰したのは進駐軍に対する考慮から為された政府所有の軍需物資の単純な民間放出ではなく工廠の国営移管設立の際の当事者間の諒解に基くものであつて、進駐軍に対する考慮の有無に拘るものでない。政府が工廠廃止の場合、工場施設と共に資材を一括して原会社に復帰せめの、原会社をして工場企業の経営を即時に可能ならしむべきことの諒解事項を履行した結果に外ならないのである。

この点について原判決は、その引用する第一審判決の(五五)において、工廠に資材等の残存するものがあれば、経営を原告に返還すると同時に、なんらかの措置を構じこれを原告に振り向け原告の営業再開に事欠かぬよう処理されるであろうことが国営移管の関係者間に予想されていたものと解されるが、予想の程度を超えて、これを契約の内容として合意したことは認められないとして、上告人の主張を排斥したのである。然れども、原判決の判示する如く、終戦時、資材の返還は、工廠長官が原会社々長宛の甲第六号証通牒により、軍需大臣の命として為したものである。依命通牒であるから契約でないことは云うまでもない。又従つて、工場施設の返還と資材の原会社えの移転とは、軍需大臣が工廠長官の原会社に対する通牒を発する前に既に決定されていたものであることも明らかである。

更に、弁論の全趣旨に徴すれば、資材は現状の如何、原会社が之を欲すると否と、また之を必要とすると否とを問うことなく、全部原会社に移転されたものであることは、当事者間に争のないところである。

このことは、上告人の主張の如く、国営移管当時における関係者間の諒解を前提としてのみ考え得られるのである。

経営の返還ということは、工場施設とともに資材等が一体として原会社に復帰して始めて云い得ることである。然るに、原判決が、経営を返還したことを認定しながら、資材の返還復帰について、国営移管の関係当事者間に予想されていたものと解されるが、これを契約内容として合意したことは認めることができないと判示したことは、甲第六号証の通牒たる性質とその内容を誤解して、上告人の主張を排斥したものと云わなければならない。

(四) 工廠移管後僅かに四月半で終戦となり、原会社から工廠に移管された資材について未だ全然補償が為されてなかつた時に当つて、工廠は廃止され、経営返還のめ工廠の資材は原会社に返還されたのであるから、復帰資材の限度において、政府の原会社に対する補償額は当然減縮されることとなつたので、之が処理として、且つ一般軍需会社に対する契約解除による補償と同一の補償を為すための経理措置として、乙第四号証の覚書は作成されたものである。然るに、原判決は、終戦時、原会社に復帰した資材については、終局的に売買契約が締結されたものであるとして、上告人の主張を排斥した。

これは、上述した如く、原判決が、資材所有権が原会社に移転したことについてその判断を誤つたことに由来するものであつて、この点のみから見るも審理不尽の違法を免れないものであるが、更に証拠判断齟齬の違法がある。すなわち、原判決は、国営移管当時の資材と工廠廃止当時の資材とは、工廠期間中の消費、新資材の注入等から見て同一視し得ないという。然れども、これは、物理的に同一視得ないと云い得るに止るものであつて、当事者がこれを同一視して処理することを何等妨げ得るものではない。乙第四号証には、この覚書が何のために作成されるものであるかについて、「第一軍需工廠設立ニ伴イ中島飛行機株式会社(以下原会社ト称ス)ヨリ工廠ニ肩替セル諸資産ノ処理ニ関シテハ左ノ通リ之ヲ実施ス」と明記されている。すなわち、この覚書により処理されるものは「工廠ニ肩替セル諸資産」に外ならないのである。従つて、この覚書により、復帰資材は、設立に伴い工廠が肩替した資材として、処理されるものである。従つて、当事者は、復帰資材を移管当時の資材と同一視して処理するものであることは言を俟たない。

又第一項但書は「右払下物件ノ保有ニ伴ヒ生ズベキ損害ハ『契約解除製作停止ニ伴フ損害賠償要領』ニ依リ処理スルコト」と定めている。

従つて、原会社に対する損害賠償の処理の意思で行うものであることも亦明かである。更に、原判決の援用する乙第八号証には「第一軍需工廠においては、原会社即工廠と云ひ得るのである」とあり、乙十二号証によれば、工廠整理の基本方針は原会社に対する損失補償を「契約解除製作停止ニ伴フ損害賠償要領」により一般航空機会社と同一に取扱うことにあつたことが明かである。すなわち、覚書に払下というも、其の目的とするところは原会社が一般航空機工場と同様、航空機製作のため保有していた資材に対し、製作停止契約解除があつたものとして、その損害を算出して、補償し、一般航空機会社との衡平を保つことにあつたことが明らかである。従つて、鴬書はこの趣旨に添う補償額を算出する方法を定めたものに外ならないのである。更にこのことは、原判決の援用する、覚書作成の政府の担当主任官であつた証人根本祐隆は、工廠整理案を作成するに当り、その目標は中島会社に対する補償を一般軍需会社の契約解除による補償と同一にしようとすることであつたのであり、この目標を達する為め当局部内における論議、当事者間の交渉に変遷はあつたが、結局終戦時に資材を買上げ、同時に之を払下げるという整理案の形になり、これにより覚書が作成されたと供述しているのである。

従つて、当事者は真に売買を為す意思を有したものでは決してなく、原会社に対し一般軍需会社並の契約解除による補償と同一の補償を為すことを意図したものである。このことは、原判決の援用する乙第十一号に「両会社(中島、川西の両会社の意)ヨリノ請求ハ形式トシテハエ廠設立ニ関スル契約ノ履行要求ナルモ、其の実質ハ現在困難ナル問題トナリツツアル軍需会社ニ対スル補償問題二他ナラズ云々」とあるに徴するも、容易に窺知し得るところである。

然るに、乙第四号証は、当事者が、終戦時工廠資材について、終局的に売買の合意を為したものの如く、判示した原判決は、事案を形式的に整理抽出することに努むるの余り、証拠の判断を誤り、当事者がこの覚書により終局目的として意図したところは那辺にあるかを看過したものであつて、審理不尽の違法を免れないものと云わなければならない。

第十五点本件資材の所有権が終戦時たる昭和二十年八月十七日付第一、及び第二軍需工廠長官宛の軍需大臣の通牒により原会社に帰属したことについては当事者間に争のないところである。

而して、この資材が、終戦時に原会社に帰属した原因につき原判決は、この資材の払下の基本となつた右通牒と乙第四号証からみて、昭和二十年八月十八日には当事者間に於て有償とするか、無償とするか及び有償とした場合は、その資材の相当の対価等は何れ後日協議決定すべき旨暗黙に約定されて原会社に帰属したというのである。即ち、終戦時に第一軍需工廠長官の指示により本件資材の所有権が原会社に移転せられ、その所有に帰したことを認めている。

然るに、原判決は、右の如く原会社が資材の所有権を取得した終戦時である昭和二十年八月十八日より百数十日を経過した昭和二十一年一月八日乙第四号証の覚書を作成するときに当り、政府は本件資材を原会社に売渡し、原会社がこれに対し代金を支払うことの売買契約を締結したと認定しているのである。

元来、売買契約は当事者の一方が或財産権を相手方に移転することを約し、相手方はこれに対し代金を支払うことを約するものであるから、既に原会社が所有権を取得している資材類に対し売買契約を締結し、その代金を支払う義務を負担するが如きことはあり得ないことであるに拘わらず、原会社が斯る義務を負担したとして、その代金額の限度に於て対政府債権と相殺が行われ、原会社はその相殺部分につき戦時補償特別税の納税義務ありと判定したのは、法令の解釈を誤まり上告人に不利の判決をした違法あり破毀せらるべきものと思料する。

第十六点原判決は、

「前記約定に基き昭和二十一年一月八日の覚書によつて政府から資材を控訴会社に売り渡し控訴会社がこれに対し資材の対価即ち代金を政府に支払うことを約した売買契約に確定したものと解すべきであり-とし、昭和二十一年一月八日政府が本件資材を原会社に売り渡したものと判示している。然れども、千九百四十五年(昭和二十年)九月二日の降伏文書の条項に従い、連合国最高司令官の命により参謀長合衆国陸軍中将から我国に附属一般命令第一号を発布すべしとの指令が出たので、詔書として、

「朕ハ昭和二十年七月二十六日米、英、支各国政府ノ首班カ心ポツダムニ於テ発シ後ニ蘇連邦カ参加シタル宣言ノ掲クル諸条項ヲ受諾シ帝国政府及大本営ニ対シ連合国最高司令官カ掲示シタル降伏文書ニ朕ニ代リ署名シ且連合国最高司令官ノ指示ニ基キ陸海軍ニ対スル一般命令ヲ発スヘキコトヲ命シタリ、朕ハ朕力臣民ニ対シ敵対行為ヲ直ニ止メ武器ヲ措キ降伏文書ノ一切ノ条項並ニ帝国政府及大本営ノ発スル一般命令ヲ誠実ニ履行セムコトヲ命ス

御名御璽

昭和二十年九月二日

内閣総理大臣

各国務大臣」

と喚発せられ、一般命令を誠実に履行すべきことを、陸海軍並に関係行政官憲に対し命令せられたことは顕著なる事実である。

而して、この一般命令の第六項には、戦争用資材に対しては官有たると私有たるとを問わず、現状の儘且良好なる状態に於て保持することを命ぜられていた。従つて、本件資材類は第一、軍需工廠が保有し、戦争の用に供せられたものであつたから、当時政府が所有していたと仮定すれば、前記九月二日以後は政府がこれを原会社に売買契約によつて売り渡すが如きことは絶対にできなかつたのである。故に前記昭和二十一年一月八日に政府が本件資材を原会社に売り渡す契約を締結したというが如きことはありうることではない。若し、原判決の如く政府に於て一般命令第一号に違反し本件資材を売渡したものとすれば特別の理由がなければならない。然るに、原判決は斯る理由の説明もなく漫然勅令に違反する事実の認定をしたのは理由不備の甚しいものである。

第十七点原判決は

「控訴人主張の連合国最高司令部の覚書に基く昭和二十年十二月十五日の大蔵省金融局長の通牒により同日以後右司令部の許可のない限り通常業務以外に控訴会社がその主張の各行為を禁止されたことは成立に争のない甲第十二号証の一、二により明らかであるけれども、同覚書第二項C号では会社の業務遂行上附随的なものに限る会社の勘定からの支払を禁止項目から除外していることが認められるところ成立に争のない甲第二十号証一によれば、控訴会社は昭和二十年十一月二十七日付で第八軍司令部から民需転換の許可を受け之が為必要な資材の取得を許されたことが認められ本件払下資材が右民需生産の必要物であり且控訴会社が、その目的を以て払下を受けたことは前認定の払下契約及び代金額協定の経過に照らし之を窺知することができ且右協定された払下代金額が相当であること前認定の通りであるから、右資材払下契約及び前記代金額協定及び相殺の契約はすべて控訴会社の通常業務の遂行に属するものと解すべきであり、従つて前記制限の適用から除外されているものと云うべく」と判示している。

然れども、原会社が本件資材の所有権を取得したのは、原会社が第八軍司令部の民需転換の許可を受けた昭和二十年十一月二十七日より以前の事柄で即ち同年八月十七日の軍需大臣通牒に基く第一軍需工廠長官の指示に基くものであつたことは原判決理由の(二)の項に於て認定している事実である。

従つて、原会社は司令部の民需転換の許可を受けたから民需生産の為めの必要物としてその目的を以て本件資材を政府から取得したものでないことは明である。

然るに原判決は、前記の如く原会社は本件資材を民需生産の必要物資としてその目的を以て政府と代金額を協定して買受けたもので、この取得は原会社の通常の業務の範囲内の行為であると、認定して前記原判決の本件資材の所有権を原会社が取得した原因の認定理由と著しき相違があり齟齬あること明である。

而して、上告人が原審に於て原会社の国営移管は原会社の経営体の移管であつて、終戦時に軍需大臣の通牒により軍需工廠廃止に伴う経営体の返還により資材も工場と共に一括して返還せられ、その返還資材の価格の限度に於て原会社の被むつた損失は当然填補填補せられたものである。従つて資材を買受けるとか或はその対価名義で金員を支払うべき債務を負担するが如き民事契約のなかつたことを主張したことは原判決事実摘示により明である。よつて、本件資材を原会社が如何なる原因で取得したかの理由は本訴判決に影響を及ぼす重要なる争点に属するのである。然るに、その理由につき、原判決は、右の如くその前後に齟齬あり、結局判決の理由に不備あるもので当然破毀せらるべきものである。

第十八点昭和二十年十二月八日附連合国最高司令部の覚書によつて政府は制限会社そしてその覚書の条項を確実に履行せしむるための措置をとることを最高司令部より命令せられ、当時政府は該命令を履行せしむべき貴務を負つていたのである。而して、該命令は、政府は勿論、制限会社も国内法以上の効力あるものとしてこれを遵守し履行していたのである。而して司令部は政府に対し原会社をして右覚書の制限会社に対する規制により同社の資産を凍結せしむべき旨の指令を発したので、同年同月十五日大蔵省金融局長より原会社にその指令の通牒があつた。それがため、右期日以後は同社は財閥関係会社として常務行為に限りこれをなすことを許され、従つて常務行為をなすに附随的に起る会社の勘定からの支払をすることは許されたが(司令部の覚書第二項C号では会社の常務行為をなすに附随的に生ずる会社の勘定の支払に限り禁止項目からこれは除外されていること参照)、それ以外の会社の勘定の支払、振替、引出等一切厳禁せられ会社資産は凍結されたのである。これらのことは当事者間に争ないことである。かの商法第二百七十一条所定の職務代行者が会社の常務に属さない行為は裁判所の許可のない限りはできないのと同様、制限会社の代表者も常務に属さない行為は司令部の許可のない限りできないのであつた。右の事情で昭和二十年十二月以後如何なる形式にせよ、原会社は資本金五千万円であり乍ら本件資材を四億二千余万円で買受けるとか又は政府が原会社が制限会社であることを知り乍ら斯る巨額の資材を売渡すが如き行為、又原会社は会社が有すると称する政府債権と右四億二干余万円の債務とを相殺する契約を締結するが如き、会社資産形態に一大変動を来たす行為は絶対にできないのである。且つ又、斯かる行為をすることにつき司令部の許可を受けたこともなかつたので斯様な行為はできなかつたのである。然るに、原判決は覚書第二項C号では会社の業務遂行上附随的なものに限り会社の勘定からの支払を禁止項目から除外していることが認められるし、且原会社の工場に於てその提出に係る指令第三号の三の主要消費者商品の生産に転換する願書に対する許可を、昭和二十年十一月二十七日附を以て第八軍司令部から受け、それで、これが必要な資材の取得が許されたわけであるとし、また本件資材は民需生産の必要物でもあつたという理由から、原会社が本件資材を四億二千余万円の債務を負担して買受ける行為も亦この債務を対政府債権と相殺する契約をなす行為も会社の常務行為で司令部の覚書の制限の適用から除外されているものと認定し、この制限の適用あることを前提とする上告人の主張はその理由なしとして排斥している。

然れども、前記原判決のあぐる理由たる事実のみによつては、本件資材の売買並に相殺等の契約をなす行為が、原会社に於て常に業務として反覆して行われていた行為であると認めうる理由とはならないから斯る契約行為の不存在なること明である。従つて原判決は右各契約を締結する行為は原会社の常務行為であるとの認定資料を欠くもので、結局証拠によらず原会社の常務行為として本件資材の売買並に相殺等の各契約が存在した事実を認定した違法がある。

元来、会社の常務行為であるか否かは一にかかつてその行為が当該会社の日常業務として反覆して行われている行為であるか否かを審理して、これによつて判定すべきものなること理論上当然のことである。故に、原審は原会社が日常やつている業務は如何様のものであつたかを審理の上確定し、この事実から原会社が第一軍需工廠の保有していた巨大量の資材を全部買受けたというが如き行為、又その買受によつて同社が負担した債務を同社の有する対政府債権と相殺したというが如き行為が、何れも原会社の日常業務に該当するか否かを審理し判定すべきである。

然るに、原審は原会社の日常の業務行為はなんであつたかを審理検討をなさず、漫然前記資材の取得並に之に伴う諸行為を原会社の常務行為にして制限会社に対する規制に牴触するものでないと認定している。この認定こそ審理不尽の甚しきもので、その結果原会社が当時日常の業務行為以外はできなかつたから前記諸行為は絶対にできないのであるとの上告人の主張に対し適切なる理由なくしてこれを排斥した違法がある。

附記

原会社が国営に移管せられた当時同社所有の本件資材同様の資材を政府の所有とするにつき原判決が引用している一審判決によれば、国家総動員法第十条による総動員物資使用収用令による収用の手続によつてもある企業に属する全工場保有の流動資産の全部というような巨大量の物資であるから忠実にこれによることは不能に近いとゆう程の資材の量であるといい、又右資材を政府が入手するに態々第一軍需工廠設立準備委員会にまで附議し慎重なる手続をして買受けたものと判示しておる所から想察しても、本件資材を原会社が買受くる行為は同社の日常業務ではないこと明瞭である。

尚は司令部の制限会社に関する覚書は、財閥会社がその資産を処分することを防止し凍結することを目的とするのであり、他方指令第三号が工場をして必需品の生産に転換せしめるは民需品の供給不足を緩和せんとする目的で工場毎に転換の願書の提出を命じたものであること同指令により明である。従つて、制限会社に関する覚書の事項と、指令第三号に基く工場の転換許可とは相両立して各々その異なる目的のため存するのである。故に、指令第三号に基く転換許可をうけたことに因りその会社に対する制限を排除したものというべきではない。よつて指令第三号に基く転換許可に原因して、制限会社が禁止事項の行為を為さんとするときは司令部の許可を必要とすること当然である。然るに、原判決はこの制限会社に関する覚書と指令第三号の転換許可の性質とを誤解し上告人の主張を排斥した違法がある。

第十九点原判決は

「(二) 昭和二十年八月十八日に行われた資材の払下に於て右払下を有償とすること及びその対価の額につき当時当事者間に明示の意思表示がなかつたことは原判決認定の通りであり(中略)、昭和二十年八月十八日には当事者間に払下を有償とするか否か、及び有償とした場合に資材の相当の対価を協議決定すべき旨の暗黙の約定がされこれに基いて昭和二十一年一月八日乙第四号証覚書をもつて右払下を有償と定め、且対価の金額の算出基準を協定し更に同年五月項までに前認定(即ち原審認定)の対価の金額が協定されるに至つたものと認むべきであり、従つて右資材の払下契約は当初その法律上の性格は未確定であつたところ、前記約定に基き昭和二十一年一月八日の覚書によつて政府から資材を控訴会社に売り渡し控訴会社がこれに対し資材の対価即ち代金を政府に支払うことを約した売買契約に確定したものと解すべきであり」云々と判示している。

即ち、昭和二十一年一月八日の覚書により本件資材を売買契約の目的物件とすることに確定する迄は、本件資材の払下契約はその法律上の性格は未確定で明確でなかつたと判示している。然るに、原判決の他の判示では「本件資材払下契約に於てはその当事者も締結日時も、契約内容もすべて明確であると解せられるから之等の点が不明であるから右契約が有効でないとする右主張は到底認容することができない」とし、本件資材の払下契約の内容がすべて明確であつたと認定して上告人の主張を排斥している。之れ全く原判決の判示の前後に矛盾と齟齬した理由あること明で、結局原判決は理由不備の違法がある。

以上

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